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粕尾様スライダー

名古屋を“縄跳びの町”として魅力付けしたい

Professional
2017/08/14
インタビュー
  • 88
縄跳びパフォーマー x ブロガー
粕尾 将一
(体育専門学群 2004年入学)

名古屋を拠点に全国各地で縄跳び教室を開催しつつ、月間50万PVを誇るブロガーとしても活躍中。大学院中退後、世界的に有名なサーカスショーであるシルク・ドゥ・ソレイユに5年半在籍し、アメリカ・フロリダのディズニーワールドで活躍した華々しい経歴を持つ。日本人が不得意な“自己アピール力”を兼ね備えた彼の行動力、そして発信力を大いに学ぼう。

高校時代、縄跳びで一生食べていこうと決意

縄跳びに興味を持ったきっかけを教えて下さい。

2002年、高校1年の体育の授業で縄跳びをしたのと同じタイミングで、自宅にインターネットが導入されたので、縄跳びについて調べてみたら渡邊貞稔さんという今の師匠のHPを見つけたんです。その方がいわゆる二重跳びといった普通の縄跳びじゃなく“演技をする”競技をやっていて。カッコいいなと憧れて始めました。

練習量はどれぐらい?

朝に練習して、学校の休み時間にも練習して、帰ってきて夜まで練習して。それを毎日と、週に2回、師匠が練習していた体育館に顔を出していました。そこで3時間練習していましたね。そんな僕を「大丈夫?」「バカじゃないの?」という目で見てくる友達もいましたよ(笑)。

幼少時代から得意でしたか?

小学の頃から比較的好きで、数回だけなら三重跳びまでできていました。でも、めちゃくちゃ好きかというとそうではなくて、単純に「縄跳びって楽しいな」というレベルでしたよ。

それが高校で一気に火がつき、ご自身でWEBやブログまで開設。

師匠のように自分も縄跳びの情報を発信したいと思って、当時、HPビルダーも何にもない時代にHTMLを打って、HPとも言えないような簡易的なサイトとブログも作りました。

翌年にJNF全日本なわとび選手権大会に出場。その後、二度目の参加で見事優勝し、アジア選手権でも優勝。縄跳びを初めて2年でトップに。

いっちゃいましたね(笑)。当時は自分のやっていた種目の全日本大会がなかったので、別の種目の全国大会に出場しました。そうしたら結果がついてきたんです。その後出場したアジア選手権は、ずっと練習していたフリースタイルだったので優勝の喜びは大きかったですね。

ちなみに縄跳びの競技人口は?

世界的には何千人、何万人といます。国内にも今でこそ200人以上いますが、2002年当時で5人前後しかいませんでした。自分の師匠が1999年頃にフリースタイルを日本に持ち込んだので、歴史も他のスポーツに比べて長くありません。

それでも日本人である僕にアドバンテージがあったと思うのは、日本では小学生のうちから授業で縄跳びを練習しますよね。それって日本ぐらいで、子供が全員縄跳びができる国って他にないんです。世界大会に出場するジュニアの選手でも二重跳びや三重跳びができない人もいるぐらいですから。

すでに基礎があった状態で競技を始めたので、スタートは他の国の選手よりも有利だったかもしれません。

筑波大に進学した理由は?

高校時代に「これで一生、食っていこう」と心に決めて、縄跳びに活かせるような体育の理論が学べる体育大学をリサーチしたんですね。その時、筑波大ならしっかりとした理論が学べるのではないかと思ったのと、書類と面接だけのAC入試、いわゆる一芸入試があったので「これならいける!」と。後々聞けば、AC入試で縄跳びで筑波大に入った前例はなかったようです。

入学してみていかがでしたか。

全ての授業が楽しくてしょうがなかったですね。縄跳びっていう好きなものが1つあるので、例えば局面構造という専門的な話になっても、それを縄跳びというフィルターを通して考えることができたり、スポーツ医学にしても「こういったトレーニングが縄跳びに活きる」といった具体に全てが縄跳びにつながってきたので、すごく面白かったです。

部活には入られたのですか?

体操部に入りました。将来、縄跳びで生きていくには大会で実績を作ることも大切だけど、世界的に知られているショーであるシルク・ドゥ・ソレイユなどに参加することが大きな肩書きになると考えていたので、ショーに出るために必要な基礎である体操ができたほうが良いだろうと。体操部でバク転や宙返りを修得したんですよ。

粕尾1

大学3年で世界選手権個人総合6位に。

喜びも束の間で、その直後に右膝前十字靭帯を断裂してしまいました。それから将来について考え直して、修士で縄跳びを教えることを勉強しようと思ったんです。

もともと高校の時に立ち上げたHPがきっかけで声をかけて頂き、高校3年で10件、大学自体には100件以上の小学校や児童館に教えに行った経験があったんですね。大学在学中には筑波で“まっちゃんの縄跳び教室”を開講するなど、子供たちに教える楽しさを十分に知っていたので、教えることをもっと深めていこうという気持ちでした。

ケガ復帰後も大会で良い成績を収めていますが、2009年に競技を引退しています。

ケガをして一歩引いてみた時に、これ以上続けても上にはいけないと気付いてしまったんです。世界の競技レベルがどんどん上がっている一方、自分の競技レベルが追い付いていませんでしたし、自分の中で競技に対する興味がなくなってしまって。決まったルールの中で決まった点数を取ることより「何か違うことがしたい」と引退を決意しました。

2010年、シルク・ドゥ・ソレイユと専属契約。これはどういった経緯で?

1年の時に受けたキャリア教育の授業で、「シルク・ドゥ・ソレイユに就職するにはどうすればいいか」をレポートで書いた時、シルク・ドゥ・ソレイユのホームページにレジュメや動画を投稿できるサイトがあることを知って僕の動画を投稿してみたんですね。

すると、1~2年後にシルク・ドゥ・ソレイユ側から連絡がきて「縄跳びのパフォーマーを探している」と。最終候補まで残りましたが、その時は契約が決まらず。そういった経緯があり、2010年にようやく契約に至りました。

シルク・ドゥ・ソレイユで“プロフェッショナル”を学んだ

世界的なショーに参加されていかがでしたか。

最初の1~2年は色々勉強できて楽しかったですけど、合計5年半在籍したうちの後半は、大きな声では言えませんが……しんどかったですね(笑)。だって年間で約500公演出るんですよ。火~金の1日2公演に出ることは体力的にきついですし、出ている回数ぶん全く同じ内容をやるわけですから。

結局、ショーに出るってことは1つの役割を任される、歯車のような存在なのだなと。

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ショーでは、どんな役割を?

5分間の場面を任されていました。5分とはいえ、その間ずっと跳び続けるので息はハーハー、ゼーゼーですし、ステージ上で興奮状態でもあるので、想像以上にエネルギーを消耗しました。

特に印象に残っていることは?

文化の違いですね。日本人は仕事で「これやりなさい」と言われたら、「はい」と言いますが、向こうの人は「これは、やりたくない」と堂々と言います。何も言わないでいるのは「意見を言えない or 持っていな人」というレッテルを張られてしまい、仕事での評価が下がってしまうんです。自分の意見をしっかり言わなきゃいけないという、日本人の苦手な部分を鍛えられた経験になりました。

演技の構成についても言うことは可能?

むしろ言わなきゃダメなんです。例えば、演技の構成で4重跳びをやっていたんですけど、それをひたすら続けるとケガをするリスクが高くなるんですね。でも、それを言わないでいると運営側に「なんで言わなかったんだ。ケガをするリスクを知らなかったのか」と責められてしまいます。

「あなたがやれと言ったから、やったんだ」という反論は通らず、全て自己責任。それがプロフェッショナルなのだというのがアメリカの考え方です。

それを英語で伝えないといけないんですよね?

最初の頃は学校で勉強した程度の英語力しかなかったので大変でしたけど、こちらが発信しようとしていることを汲み取ってくれたので助かりました。そのうちに英語を修得し、意見を言うのに不自由しない程度には喋れるようになりました。

その他の苦労はありましたか。

毎日ショーに出続けると故障も多くなって、4年目に半月板を損傷してしまいました。内視鏡手術を受けて半年は活動できませんでしたが、シルク・ドゥ・ソレイユが手術費用と休んでいた間の給料が保証してくれたので、ケガをしたら即リストラという心配をしないで済んだことは良かったです。

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ということは、出演者の入れ替わりはそれほどないのでしょうか。

守られている環境なので、ここでずっとやると決めている人もいて、自分の出演していたショーでは、15-6年も在籍していた人がいるんですよ。アーティスト引退後も、クロスロードというシステムのおかげでショーの制作に関わるなど裏方としてセカンドキャリアを築けるプログラムがあります。

ところが2015年、リストラに遭ってしまう。

僕が参加していたのはフロリダのディズニーワールドにある常設ショーでしたが、大人の事情で出演中の演目がカットされることになりました。

体力的にきつかったとはいえ、安定していた生活から離れて不安はありませんでしたか?

退職金は出ないですし、アメリカで結婚、子供も生まれていたので2016年1月に帰国した時は「無職で帰ってきて、どうしよう」と、焦って派遣会社に登録しましたよ(笑)。でも、やっぱり縄跳びを続けたいと思って、アメリカでブロガーとしてブログを立ち上げていたので、ブログ経由で縄跳びの仕事を取ろうという気持ちに切り替えました。

ブロガーとしても活動していたのですか?

はい。2012年に自分のブログを立ち上げ、逆上がりができない少女が学校の先生に教えられて、やっと逆上がりができた時に「良かった、もうこれで逆上がりを練習しなくていい」と言った話をブログで発信したら100万PVシェアされて、ウェブで発信する面白さを知ったんです。

今現在はフリーの縄跳びパフォーマー兼ブロガーとして、スポンサー収入を得ながら活動しています。

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フリーの縄跳びパフォーマーとしてはどんなことを?

全国の小学校や児童館に行って縄跳びを教えたり、イベントに参加したり。シルク・ドゥ・ソレイユでの経験を話すキャリア教育の公演をすることもあります。

では、今後のビジョンを教えて下さい。

日本に帰ってきて2年目、まずはパフォーマーとして、日本発祥のサーカスショーを作りたいですね。それほど大がかりなものではなく、知り合い何人かに声をかけて60分ぐらいの公演をしたら面白いだろうとか、活動拠点にしている名古屋発のサーカスを打ち出したら面白いだろうとか、アイディアは尽きません。

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名古屋に何か縁があるのですか?

妻の地元ということで名古屋に移ったことがきっかけですが、昨年、愛知県は日本の体力測定で最下位になったので、愛知県の子供たちの体力アップを図るためにも縄跳びを教えていきたいですし、名古屋を“縄跳びの町”として魅力付けしたいなと。

実際、筑波時代にやっていた“まっちゃんの縄跳び教室”を名古屋でも開催していて、筑波大で学んだハウトゥーや指導法を縄跳び教室に落とし込むことができています。最近では教室の生徒が全日本なわとび選手権に出場したり、日本代表になったり。少しずつ成果を出し始めているので、今後も子供たちの教育には力を入れていきたいです。

ブロガーとしての目標はいかがですか。

これからは“個の時代”だと思うので、インターネットを使って発信できる人が生き残れると僕自身の経験から実感しています。この記事を読んでいる人でも何かアピールしたいことがあるならブログで発信するといいと思うし、そういう意識を持たないとこれからは生き残れないという危機感を持って取り組んで欲しいですね。

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あなたの“つくばウェイ”とは?

新規開拓。筑波の人はゼロから新しいものを作る人が多かったので、その精神を学びました。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

人と違うことをやることに躊躇せず、何もないところに飛び込んだり、筑波大以外の広い世界に飛び込んで欲しいです。

プロフィール
粕尾プロフィール
粕尾 将一(かすおしょういち)
1986年生まれ、栃木県出身。都立狛江高等学校を卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。高校の授業で縄跳びに魅了され本格的に取り組む。高校時代、既にアジアロープスキッピング選手権で優勝できるレベルに上達。筑波大学進学後は体操部に所属しながら世界ロープスキッピング選手権で個人総合6位入賞を果たすなど活躍。卒業後は大学院に進学するが、競技者としては2009年に一区切りをつける。2010年からはシルク・ドゥ・ソレイユと専属契約をして渡米。2015年まで約2500回、シルク・ドゥ・ソレイユの「ラヌーバ」に出演。2016年に帰国し、フリーランスのパフォーマーになり全国各地で縄跳び教室を開催している。また、縄跳びを中心とした情報発信を積極的に行い、ブログアクセス数では月間50万PVを誇るブロガーとしても活躍中。HP:http://www.shoichikasuo.com/
基本情報
所属:オフィスパフォーマンスラボ
役職:専属パフォーマー
出生年:1986年
血液型:A型
出身地:東京
出身高校:都立狛江高校
出身大学:筑波大学体育専門学群
出身大学院:筑波大学院 人間総合科学研究科 体育科教育学 中退
所属団体、肩書き等
  • (株)オフィスパフォーマンスラボ
  • 一般社団法人日本なわとびアカデミー・JJRA 代表理事
  • 元シルク・ドゥ・ソレイユ アーティスト
  • 元なわとび競技アジアチャンピオン
筑波関連
研究室:舞踊方法論研究室
部活動:体操部
住んでいた場所:天久保二丁目
行きつけのお店:ちどり、おふくろさん弁当
プライベート
ニックネーム:まっちゃん
趣味:インターネット、WEB制作、ブログ
特技:ブログ、WEBライティング
尊敬する人:クラウンBALTO
年間読書数:20〜30冊
好きなマンガ:るろうに剣心
好きな食べ物:アイス
嫌いな食べ物:セロリ
訪れた国:10か国
大切な習慣:習慣をぶっ壊す
座右の銘
  • なわとび1本で何でもできるのだ

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