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石立スライダー

東京五輪を目指して、崖っぷちで頑張る

Sportsperson
2019/11/25
インタビュー
  • 142
三重バイオレットアイリス ハンドボール部/福井県スポーツ協会所属
石立 真悠子
(体育専門学群 2005年入学)

10代の頃から、女子ハンドボールの第一線で活躍している石立さん。大学、そして実業団チームで日本一を経験し、全日本メンバーに選出。ハンガリーのチームでプレーするなど長らくトップレベルで活躍する、その背景には筑波大での出会い、そして学びがあるという。

全員がワンプレーの重みを意識し、3連覇達成

ハンドボールを始めたきっかけを教えて下さい。

小学時代は陸上部だったのですが、出身が福井県なので冬に雪が積もると室内でドッヂボールやバスケをやるんです。そこで球技の面白さを知って、中学に入ったらバスケ部に入ろうと思っていたんですけど、部活動見学に行ったら先生にハンドボールをやらないかと誘われて。

その先生はハンドボールの指導者として有名で、全国を目指して頑張ろうと、そういった時期だったので、ものすごく練習が厳しかった思い出があります。

石立4

厳しい練習に耐え、中学時代にU-16の日本代表に選ばれていますね。

私個人としてはそうですけど、部活では全中に出場して一回戦敗退。思うような結果が残せませんでした。練習も厳しいし、結果も出ないので部活を辞めようかと思ったのですが、仲間も同じ思いをしている、自分だけツラいところから逃げることはできないと思い直して、皆で「頑張ろう!」と励まし合いながら頑張っていました。

高校は石川県の小松市立高校に進学。

高校では全国大会で3回優勝、インターハイで準優勝。3年の早い時期に筑波大ハンドボール部の水上一監督から大学の推薦のお話をもらったのと、筑波大ハンドボール部は当時トップだったので、「やるならトップで!」という気持ちで入学しました。

大学での成績はいかがでしたか。

高校2、3年では、ほとんど国内で負けなし。ところが筑波大に入って1年目はボロ負けで、優勝ができなかったんです。インカレ3連覇もストップして……。

それが2年になって新チームになると、全日本に入っていた樋口さんという方がキャプテンとしてチームを引っ張り、インカレ優勝。以降、インカレは3連覇しました。

石立8

それまでのチームとは何が違ったのでしょう?

樋口さんは、2つの選択肢があったらしんどいほうを選ぶ人で、チームが勝つためにとことん自分を追い込んで泥臭いプレーをする――そういった姿勢を背中で見せてくれました。

いまだに何か壁にぶち当たった時、「樋口さんだったら、どういう選択をするだろう」と考えることもあるんですよ。

尊敬できる上級生との出会いがあったのですね。

筑波大の良いところは、ハンドボール部だけでなく、どの部も4年生が自分たちで考えて練習を作り、チームを作っていくところです。学生が自分たちで課題を見つけて解決し、先生はそれを見守るというスタンスだと、「自分たちで考えて、やっている」という実感や、やりがいが得られますから。

なるほど。

もう1つ、筑波大だからこそ学べたこととしては、水上監督がよくおっしゃっていた「ハンドボールを文化にしていく」という強い意識です。

それまでは、ただ自分が楽しんでやっているスポーツとの感覚でしたが、監督のお話であったり、ハンドボールを学問として学んだり、ハンドボールの起源を学んだり。多角的にハンドボールを捉えるようになって“ハンドボール観”が広がったと実感しています。

選手として現役を終えたとしても、どうやったらハンドボールを通してたくさんの人を幸せにできるだろうか、人の人生を豊かにできるだろうかといった考え方ができるようになったのは筑波大にいったからこそです。

石立1

では上級生として、どんなチーム作りを意識しましたか。

当たり前のことを当たり前に全員ができること、ですね。例えば誰のものでもないルーズボールを自分のものにできるかどうかで、それが自分たちのプラス1点になるか、相手チームへのプラス1点になるかが決まります。

その“ワンプレーの重み”を全員が意識するために、普段の練習時もコート内でも言葉を賭け合う雰囲気を作りました。それでインカレ3連覇が実現できたのではないかと思います。

部活以外で何か印象に残っていることは?

ずっと遊んでましたね(笑)。他の部活の友達とも遊んでいましたし、夜中までテスト勉強をウェンディーズでやったり。とにかく楽しかった記憶しかないです。

卒業後もハンドボールを続けています。

大学4年の初めには、実業団でやろうと決めていました。大学1年でU-19のメンバーとして世界選手権に出場した際、海外のチームから誘われたことがきっかけです。色々な事情でそのチームに入ることはできませんでしたが、それから「いつか海外でプレーしたい」と思うようになって。

卒業後、すぐに海外に行くことも考えたんですけど、ケガの手術を優先させるために一度日本のトップチームで体も心も鍛え直して、日本代表で結果を出してから海外にいっても遅くないだろうと。そんな思いで実業団に入ることにしました。

リオ五輪を見据えて、ハンガリーのチームに移籍

オムロン入社後、全日本に選出され、日本リーグ3連覇。向かうところ敵なしといった感じですね。

成績だけ見るとそうかもしれませんが、1年目は試合に出られずフラストレーションが溜まっていましたし、翌年にベテラン陣が抜けて新チームになった年には、試合に出ていたにもかかわらず勝てなくて。勝てるようになったのは、ようやく3年目になってからでした。石立3

3年目は何が違ったのでしょう?

代表での経験が生かされたことと、私のポジションであるセンターはオフェンスのリーダー的存在なのですが、2年目の私にはその役割を全うすることができなくて。周囲の信頼を得るために、自分の思っていることを言葉で伝えるなど意識改革したことで、実力を発揮できるようになりました。

在籍5年の間に日本リーグで3度優勝。その後、ハンガリーのチームに移籍しています。

当時27歳、もっと早く海外に出たかったという思いもありましたけど、ハンガリーのチームに所属した3年間で、全日本での経験、実業団での経験が大いに生かされたことを実感しました。

移籍先に、なぜハンガリーのチームを選んだのでしょうか。

当時、研究生として来日していたハンガリー人が筑波大男子ハンドボール部のコーチを務めていたので、その方の紹介でした。

それと、リオオリンピックを見据えた時に、アジア予選で韓国を倒さないとオリンピックにはいけない、でも、いつも韓国に負けてオリンピックには出場できなかったので、韓国とプレースタイルが似ているハンガリーで鍛えようと思ったことが大きな理由です。

石立5

海外で暮らしてみていかがでしたか?

それまで代表として海外遠征していましたし、遠征で言葉に困ったことはなかったので気楽な気持ちで住んでみたら、やっぱり言葉の壁は大きくて。文化の違いなど遠征では分からなかったことが肌で感じられました。

文化の違いというと?

日本ではある程度、自分の思い通りになりますよね。荷物は時間通りに来るし、人と約束したらちゃんと来る。そういう日本で当たり前の常識が、向こうでは通用しないんです。

でも、そんなことでストレスを貯めていられないですから、物が届かなくても、無い中でやるとか、どんな状況でも平常心を保って、やる時はやる!とスイッチを入れるであるとか。そういった精神を持てるようになったことは、大きな収穫だと思います。

ハンガリー生活で心身共に鍛えられ、オリンピック予選に臨んだわけですが。

韓国に予選で敗れ、世界の最終予選にも負けて、オリンピック後の世界選手権にも負けて精神的にボロボロになりました。引退しようと本気で考えたのは、あの時が初めてでしたね。

でも、もう1年、「これで現役は終わりだから、最後は自分のためにプレーしよう」と気持ちを奮い立たせて、ヨーロッパカップに出場しました。

ところが、今も現役を続けています。

2017年の福井国体に向けてチームに合流して欲しいと、福井県スポーツ協会からプロ契約のお話を頂いたんです。練習は週2日、メンバーは勝つことにガツガツしていない趣味の延長のようなチームでしたが、「これまで頑張ってきたご褒美かな」と、好条件で協会と契約を結びました。

石立7

石立さんには、物足りない環境だったのでは?

それが、今までハードな練習をしてきた反動からか、楽しみながらプレーすることでもっとハンドボールが好きになって。練習量が減ったことで、痛めていた膝もラクになり、「めっちゃ動ける!」という感覚を持ちました。

その経験を通して「もっと強くなりたい」「もっとハンドボールを続けたい」と思うようになって。そんな気持ちが自然に出てきたことが嬉しくて、「この気持ちがあるならもう一回!」と、東京オリンピックを目指すようになったんです。

では、現在について教えて下さい。

引き続き福井県スポーツ協会と契約をしつつ、実業団9チームのうちの1チームである三重バイオレットアイリスに所属。2018年4月からは日本代表に召集され、合宿に参加しています。

日本代表に返り咲き、オリンピックの夢は叶いそうですか?

昨年、全日本復帰後に出場したアジア大会で前十字靭帯を切断し、最近やっと復帰したところでして。今年12月に熊本で開催される世界選手権で代表メンバーが16人に絞られるので、そこに残れるかどうか……といった感じですね。

残れたとしてもオリンピックが確定ではありません。今、崖っぷちで頑張っているところです。

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大学での学びが、今に生きていると実感することは?

ただやみくもにプレーするのではなく、戦術を深めることを習ったのは大学時代でした。どう動けばここが広くなる、だから、ここが狙い目だとか。順序立てて、詰め将棋みたいにハンドボールを考えるようになり、それが世界で戦う時に生きています。

石立さんの武器になっているのですね。

そうですね。日本人は体格的に不利で1対1だと難しいですから、しっかりとチームで戦略を立てて相手チームを崩していくことが大事。そういったことを筑波大で培ったからこそ、今も現役、かつトップレベルでプレーできているのだと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

理論をもって計算立てられた戦略を持ちながら、“泥臭い”スピリットで勝負する。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

自立していれば色んなものを与えてくれる場所である反面、自分次第で、遊びたければ遊べる場所。筑波大に入ったからには、桐の葉を背負ってどう自分の人生を作っていくかを考えることが大切ですし、自分だけじゃなく周りにいる人の幸せを考えるのも筑波大の魂だと思います。

プロフィール
石立プロフィール
石立 真悠子(いしたて まゆこ)
1987年福井県出身。中学時代にハンドボールを始め、次第に頭角を表し中学校3年生でU16日本代表に選出される。小松市立高校時代には選抜大会優勝やインターハイ準優勝など輝かしい成績を残す。卒業後は筑波大学体育専門学群に入学しU19日本代表、インカレ3連覇を果たす。オムロン入社後も日本リーグ3連覇へ貢献し、ハンガリーリーグに移籍し活躍。一度現役を引退するも、2018年より日本代表に復活し、東京五輪代表を目指して躍進中。
基本情報
所属:三重バイオレットアイリス ハンドボール部/福井県スポーツ協会所属
出生年:1987年
血液型:A型
出身地:福井県
出身高校:石川県小松市立高校
出身大学:筑波大学 体育専門学群
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:ハンドボール方法論
部活動:女子ハンドボール部
住んでいた場所:天久保三丁目
行きつけのお店:ちどり
プライベート
ニックネーム:リツ
趣味:ウノ
尊敬する人:松井秀喜
年間読書数:20冊
心に残った本:7つの習慣
心に残った映画:Greatest Showman
好きなマンガ:キングダム
好きなスポーツ:ハンド、ラグビー
好きな食べ物:餃子
嫌いな食べ物:おから
訪れた国:15カ国
大切な習慣:右側から
座右の銘
  • 苦しいときこそ成長してるとき

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