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日本で唯一の義歯技術を、沖縄から発信する

Entrepreneur
2016/10/20
インタビュー
  • 52
株式会社DENT-EASE 代表取締役
田里 涼
(体育専門学群 2000年入学)

教員になりたいと大学進学する者は決して少なくない。だが、4年間で色んな人間や経験に触れる中で新しい価値観が芽生え、「もっと広い世界を見てみたい」と新たな目標に向かう者もまた少なくない。田里涼さんも、そのひとり。東京で社会人経験を積み、30歳の時に地元沖縄へ。業界初の義歯固定法で特許を取った叔父の意思を継ぐべく、医療の“い”の字も知らなかった若き経営者が奮闘している。

上を目指して努力する、部活の仲間に刺激を受けた

筑波大を目指したきっかけを教えていただけますか。

幼少時代から運動全般が得意で、中学校ではバスケットボール部に入っていました。そのチームメイトのお父さんが体育の教員だったことで、教員というものに興味を持つようになり、自分も周囲も「将来、体育の教員になるだろうな」という漠然としたイメージがありました。そして、そのお父さんの甥っ子さんが筑波大の体育専門学群と聞いて、初めて筑波大の存在を知って。体育の教員を目指すなら絶対筑波大に行ったほうがいいという勧めがあり、筑波大を目指すようになりました。

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バスケットボールとの出会いは?

小学校の頃は野球少年だったのですが、市内のバスケットボール大会が開催された時に、うちの小学校にはバスケ部がなかったから、「運動が得意な生徒は集まりなさい」と言われて参加したことがきっかけです。僕以外も素人ばかりの集団だったにもかかわらず、なんと準優勝をしてしまって。それで勢いがついて、同じメンバーで中学校でもバスケを続けようと。野球は辞めて、中学の時はバスケに力を入れ、那覇南部地区大会優勝と県ベスト4までいきました。

高校は進学校に進んでいますが?

中学時代に「筑波大に入る」という目標を持った時に、バスケで推薦を取るより、一般入試のほうが合格する可能性が高いと判断して、バスケの強豪校ではなく進学校に進むことにしました。朝は7時45分から夕方5時まで毎日勉強漬けでしたし、バスケのフルコートを使えるのも週1回だけ。あとは外で練習したり、ハーフコートしか利用できなかったりという環境だったので、県内ベスト16に入るのがやっとでした。

大学受験は一度失敗し、浪人生活を経て念願の筑波大へ。

浪人期間、ほとんど体を動かしていなかったので、バスケ部の練習初日の開始15分でぶっ倒れましたよ。その時、トレーナーの人が買ってくれたポカリスエットの味は、いまだに忘れられません(笑)。

当時の筑波大バスケ部はどんな雰囲気でしたか?

推薦で入った学生と一般で入った学生との距離が近く、チームがまとまっていて雰囲気が良かったですね。AチームとBチームの垣根がなく仲が良かったです。

特に刺激を受けたのは、実力のある選手が意識を高く持って、さらに上を目指していたこと。彼らは、普通の人なら「これぐらいが自分の限界だろう」と諦めてしまうところからさらに努力を重ねて、その限界を超えていきました。特に、同期の清水耕介(元プロバスケットボール選手、つくばウェイvol.10で紹介)はものすごい努力家で、しかも、ちゃんと結果を出しているんです。そんな仲間の存在が刺激になって、「あいつらがこんなに頑張っているんだから、僕も頑張らなきゃ」と思わされました。

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部活以外での思い出は?

1年生の時は、本当に部活と学校の往復だけでしたね。朝、ボールを磨いてから学校に行って、部活が終わるのは22時ぐらい。それから片付けをして、22時半には閉まってしまう平砂の共同風呂に行って、24時まで開いているおふくろさん弁当に行くことが日課でした。その同期との夕食の時間が唯一の楽しみでしたね。(笑)

3年生になって生活に余裕が出てくると、居酒屋バーでアルバイトを始めて接客の勉強をしたり、部活の仲間だけじゃなく、同じアルバイト仲間として出会った体専の他の学生とも交流が生まれました。体専の学生は仕事が早くて、チームで働くことが得意だから接客業に向いていると言われ、自分の持ち味を知る機会にもなりましたね。

改めて筑波大の良さは何だと思いますか?

沖縄から出たことのない人は少なからず「本土の人は怖いんじゃないか」というイメージを持っています。でも、全国から筑波大に来ている学生は全くそんなことはなく、筑波大を選ぶ人に良い人が多いのか、それとも筑波のゆるい環境がそういった人格を形成するのかなと(笑)。沖縄にいたままだったら、全国各地に知り合いができる機会はなかなかないですから、筑波大での4年間は僕の人生に大きな刺激を与えてくれましたし、最近は、夏になると筑波大時代の友人がたくさん遊びに来てくれるのも嬉しいです。連日、飲みに連れて行くのは大変ですけど(笑)。

では学生時代、進路についてはどう考えていましたか?

教員になりたくて筑波大に進学したのですが、具体的に進路を考える頃には「100%教員になりたいわけじゃない」という気持ちに変わっていました。だからといって、他にやりたいことがあるわけでもない。ただ、なんとなく関東でもう少しバスケがしたいという気持ちがあったので、東京のクラブチームに所属しながら、筑波大学付属坂戸高等学校で保健体育の教員として働くことになりました。

教員生活はいかがでしたか?

自分の経験不足を感じたといいますか、大学を卒業してすぐに教員になる先生方の中にも、もちろん素晴らしい先生はたくさんいると思いますけど、その時の僕では、僕がイメージしていた“先生像”には程遠いと感じました。そのときに思い出したのが、中学時代の先生で30歳ぐらいまで社会人として働いて、その後に先生になった人がいて。やはり社会人経験があったほうが面白くて、幅のある先生になれると実感しましたし、今はとにかく社会人経験を積むことが大切だと。

それで1年で教員を辞め、もっと色んな経験ができる環境に身を置きたいと、住友不動産エスフォルタ株式会社に入社した経緯があります。

叔父と同じ虫歯予防デーに生まれて、縁を感じた

住友不動産エスフォルタでは、どんな仕事をしていたのですか?

法人営業として、スポーツクラブの福利厚生を購入してもらえるよう企業に促していましたが、当時はどこの会社も経費削減をしていた時代でしたから、企業にとってすぐに必要ではない福利厚生を利用していただくのは非常に大変でした。

1年目はなかなか成績がついてこなくて、2年目は営業する範囲を広げて、とにかく「数をこなそう」と。今思えば、「こんなにスポーツクラブから離れた企業に売り込んでも意味がないだろう」というほど遠くまで営業に行っていたのですが、その時にお話した企業が何年後かにスポーツクラブと同じビルに移転してきて。福利厚生として利用していただけた時には、「これが営業というものなのだ」と身をもって知ることができました。

自己分析として、営業職は向いている?

向いているかは分かりませんが、相手の要望に合わせて色々提案をしていくのは好きかもしれないですね。営業としての6年半は、非常に貴重な経験でしたし、今でもその経験に助けられています。当時指導して頂いた上司にも感謝しております。

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その後、地元沖縄に戻り、今現在、代表取締役を務めている株式会社DENT-EASTに入社しています。

もともと叔父の会社だったのですが、歯科技工士だった叔父は金属を使用しない合成樹脂の義歯固定法を開発して特許を取り、いざこれからという時に、急な病に倒れてしまいました。当時、経理を担当していた僕の母が社長を務めることになりましたが、姉から電話があって「いつまでも母にやらせるわけにはいかない。会社を継いで欲しい」と頼まれて。東京での社会人生活も順調でしたからとても悩みましたが、以前から「継ぐのは僕しかいないだろう」と薄々感じていたのと、偶然にも叔父さんと僕は同じ誕生日で、6月4日の“虫歯予防デー”生まれということで(笑)。目に見えない縁を感じていたこともあり、2011年、30歳の年に沖縄に戻ることを決意しました。

業務内容について教えていただけますか。

平成15年に叔父が開発し特許取得した金属を使用しない義歯の販売をメインに、最近では3Dデジタルで作るジルコニア等のセラミックの補てつ(つめもの・かぶせもの)にも力を入れています。患者さんの歯形をスキャンしてパソコン上で設計し、CAD/CAMという3D切削機で削り出すといった方法なのですが、沖縄県内ではこのデジタル技術を導入している会社はまだ少ないので、うちの会社がけん引できたらと思っています。

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経営者として大変なことはありますか?

30歳でこの会社に入るまで医療業界に携わったことがなく、医療の領域だと適当なことは言えませんから、営業にとりかかる前に勉強会に出席したり社員に聞いたりして、まずは歯科の勉強をすることから始めました。ドクターという肩書きの人に接するのも初めてでしたので戸惑いはありましたが、幸いにうちの商品は他にはない技術でしたので、営業しやすかったですね。そういった意味では、商品に助けられた部分は大きかったです。

東京で培った営業経験が活かされ、取引院数と売り上げが倍増。

飛び込みで営業をして、たくさん発注していだきました。ところが義歯などは1人1人違う型で作るので、一度に大量生産できずにスピードが追いつかなくなって。これまで1社員としてしか働いたことのなかった僕が、作業効率を上げるために新しい人材を加えるという“採用”に取り組むことになりました。しかも新人を採用したからといって、全工程を任せられるまでに1年以上はかかります。今、全工程を担当できる人は少人数しかいないので、いざという時のために全工程を担えるよう教育をしてもらうなど、「経営者として全体を見ること」の大切さも、1つ1つの経験の中から学んでいます。

経営者として5年間の経験で培ったこととは?

「できない理由は考えない」こと。今までにない製品を扱っているということは、つまり、答えはないということですから、どうやったらより良いものが作れるかを常に考え、沖縄県内にないものや最先端の技術はどんどん取り入れて、県外との距離を無くしたいですね。

沖縄から発信することの意義は感じていますか?

台湾や中国などアジアと距離が近いことは、物流面で良い点なのではないかと考えています。その前に、うちの技術を海外にどう移転するかという問題をクリアにしなければいけませんが。国内で言うと、昨年から大手企業と技術使用に関する契約も交わしていますし、これからどんどん外に出て行けたらと思っています。沖縄という島にいると、「外の世界を色々見て感じたい」との欲求が一段と高まるので、きっと良いアイディアも生まれてくるのではないでしょうか。

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仕事でやりがいを感じるのはどんな時でしょう。

入れ歯などを作る時は歯科医院を通しますから、この業界はあまり患者さんと直接話す機会はないのですが、時々、患者さんがうちの会社に電話を下さって、「この入れ歯に出会えて本当に良かった」「今まで喋りづらかったのが、話しやすくなった」ですとか、金属を使用しない入れ歯を利用してくださった方から「軽くてフィット感が良いので、ご飯が美味しく食べられて嬉しい」と喜びを直接耳にすることもあり、この仕事をやっていて本当に良かったと実感します。

会社のことを考えると県外にどんどん出ていきたい気持ちはありながらも、こういった地元の方やリピーターの多さを考えると、その人たちがまたこの義歯を作りたいという時に、すぐに対応できる体制を整えておこうと改めて、足元を見つめ直すきっかけになります。

あなたの“つくばウェイ”とは?

意識やレベルの高い仲間と時間を過ごす中で、“謙虚になること”、そして“継続すること”の大切さを学びました。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

大学時代は人生で一番楽しい時間かもしれません。いつもの仲間だけでなく、他学や他部活と触れ合う時間を持ったら、もっと学生生活が充実すると思います。

田里 涼さんが所属する
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プロフィール
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田里 涼(たさとりょう)
1980年生まれ、沖縄県浦添市出身。沖縄県立開邦高等学校から筑波大学体育専門学群へ進学。在学時代はバスケットボール部に所属。卒業後、保健体育科の教職を経て、住友不動産エスフォルタ株式会社に入社し法人営業部で活躍。2011年、叔父が経営していた歯科技工の特許技術を保有する会社を継承する形で、地元沖縄へ戻り、代表取締役に就任する。現在、株式会社DENT-EASE(デンティース)代表取締役。
基本情報
所属:株式会社DENT-EASE 
役職:代表取締役
出生年:1980年
血液型:O型
出身地:沖縄県浦添市
出身高校:沖縄県立開邦高等学校
出身大学:筑波大学
筑波関連
研究室:バスケットボール方法論
部活動:バスケットボール部
住んでいた場所:平砂宿舎、イチノや宿舎、春日4丁目
行きつけのお店:ちどり、純平、煉瓦茶屋
プライベート
ニックネーム:RYO
趣味:バスケットボール
好きなマンガ:スラムダンク
好きなスポーツ:バスケットボール、野球、サッカー
好きな食べ物:ステーキ、カレーライス
嫌いな食べ物:キュウリ
訪れた国:3ヵ国
大切な習慣:朝起きたら体重測定
口癖は?:どうやったら出来る!?
座右の銘
  • 今を生きる 一生懸命、楽しく

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