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筑波大生まれの立位可能な車椅子Qoloを開発。患者さんがアイディアの源に。

Professional
2021/02/15
インタビュー
  • 159
筑波大学医学医療系リハビリテーション医学
清水如代
(筑波大学医学専門学群・1994年)

自閉症の弟に連れ添い、幼い頃からリハビリ施設を訪れていた。その経験が原点となり、自分にしかできないことを模索した中学時代、医師になる決意をする。筑波大時代は勉強よりも部活に熱中し、大学以降もつくばを拠点にロボットスーツHAL(ハル)の研究や、立位可能な車椅子Qolo(コロ)を開発に携わる。リハビリの未来を創造する、その視線の先にはいつも患者さんの存在がある。

つくば万博に行けなかったこと悔しくて、筑波大に

お仕事について教えて下さい。

整形外科医出身のリハビリテーション科医、通称リハ医として、急性期病院でいろんな患者さんをみながら、今後の生活を見据えた視点でリハビリを組み立てています。その延長で義足や義手の処方もしますし、最近は起立着座支援移動装置Qolo(コロ)という起位型車椅子の開発にも関わっています。

急性期病院というのは?

発症して間もなく、今後病状がどう転ぶか分からない患者さんがいらっしゃるのが急性期病院です。リハビリの方向性が見にくいので難しさもありますが、数々の経験を積んだことで、1ヵ月後、1年後にこの患者さんはこうなっていて、こういうリハビリをすれば、退院後こんな生活を送ることができるだろうというイメージがつくようになってきたので、明確にサポートができるようになってきたと思います。

人の生死に携わる場所で働いているのですね。

命を助けることに関してはものすごい覚悟がないとできません。ただ、今の立場は主治医の脇でサポートをする役割ですので、リハビリの観点から、患者さんが持っている能力を引き上げることが私の主な役割です。

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そもそも医者を志した経緯とは?

中学3年の時に、成績が足りないからという理由で学校の先生に止められ、受験したかった高校を受けさせえてもらえなかったんですね。私は「落ちるのを覚悟で挑戦したい」と言ったのですが、それでも叶わず、私の中ですっきりしなくて。

その時「成績という物差しではなく、自分にしかできないことをやろう」と決意しました。じゃあ自分にしかできないものとは何だろうと考えてみると、私には自閉症の弟がいて、小さい頃から弟に連れ添ってリハビリ施設に通っていたので、「弟を良くしたい。治したい」という気持ちで医者を目指すことにしました。

弟さんの影響が大きいのですね。

はい。障がい児、健常者という言葉を耳にして、幼いながらも「そういった分類なんて無意味じゃないか」と思いながら育ったので、そういった垣根を無くしたいとも思いました。

なぜ筑波大を目指そうと?

小学生の時につくば万博が開催されて、両親に行きたいとせがんだのですが、結局連れて行ってもらえず。自分でつくば万博シートを作ってすごろくゲームを繰り返しやっていたほど、つくば万博に憧れていたんですよ(笑)。

そういった背景があり、筑波大を受けることにしました。父が水戸出身で、筑波大が身近な存在でもありました。

どんな大学時代でしたか?

中学高校では吹奏楽部で、運動といえば通学時の自転車ぐらいでしたが、あまり体が強いほうではなかったので、体力をつけたいと大学で陸上を始めました。陸上同好会と医学部陸上部に入って、週4,5回練習していましたね。

もともと走るのが速いほうではなかったから、練習すればするほどタイムが伸びるのが楽しくて。家では腹筋100回と腕立て20回、ストレッチ30分のメニューを毎日こなし、ウエイトもしました。1年間で100メートル走が3秒速くなったんですよ。

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何の競技だったのですか。

400ハードルです。400ハードルは競技人口が少なく、県選に出られるチャンスがあると思って、6年間それを目標に頑張っていました。最終的に6年の最後に県選の標準記録を切ることができました。

部活の帰りに友達とかつ大で味噌カツ弁当を買って帰るなど、同好会の友達と一緒に過ごす時間もとても楽しかったです。

勉強と並行して部活も充実していたのですね。

勉強に関しては、最低限の授業に出るぐらいで、それほど熱心ではなかったかもしれません(笑)。

とにかく、どうすれば陸上の成績が伸びるのかを考えて実践することが楽しかったですし、今思えば、その時の経験が今につながっていると思います。どうリハビリをすれば患者さんの生活の質がもっと上がっていくのかを考えることは、陸上の時の経験に似ています。

筑波大を卒業してから、その後は?

国家試験に落ちてしまったので、どうしよう、パン屋さんでアルバイトをしようかしらと思っていたところ、筑波学園病院の今の院長先生が声をかけて下さり、もともとは整形外科医を目指していましたが、リハビリ助手として勤務することになりました。

なぜ整形外科医を目指していたのですか?

大学時代、陸上部の時にケガをして整形外科に行く機会があって、骨や筋肉について知ることは楽しいなと思ったからです。でも、リハビリ助手として働くうちに、昔、弟が通っていた療育施設でリハビリをしている人を度々目にした経験がよみがえり、「これこそ私だからこそできることだ」と、リハ医になる決意をしました。

現在は筑波大附属病院に勤められていますね。

二度目の国家試験に合格し、研修は筑波大学附属病院で開始しました。最初は整形外科医として研修をしたのちに、リハビリテーション科に転向しました。6年前にリハビリテーション科医として、大学病院に戻りました。病院内には多くの同級生が働いていて、廊下で偶然すれ違った時に「こういう患者さんがいるんだけど、どうしたらいいかな」と相談するなど、とても助かっています。

患者さんは私のエネルギーの源

大学病院では筑波大初ロボットスーツHAL(ハル)の研究に携わっていますね。

筑波大学附属病院に戻ってから、筑波大学で開発されたHALの研究に関わることになりました。HAL(ハル)を活用した脊髄損傷患者さんのリハビリの研究などを行っています。

義足や義手もそうですが、ロボットを使うことで歩行の機能が劇的に変わることがあります。患者さんが生活をしやすくするための手段として、ロボットの研究に携わることは、とても有意義でした。

最近では、筑波大生まれの立位・座位可能な車椅子、Qolo(コロ)の開発にも関わっていますよね。

脊髄損傷の方が立って移動ができる機器があったら役に立つのではないかと、エンジニアの先生が考えてQolo(コロ)のプロジェクトが始まり、そこに私は医療者として参加し、開発を続けています。開発の段階では自分に関わってくれている患者さんたちの顔が思い浮かんで、「あの人たちにこれをやってもらったらどうなるだろうか」とイメージを膨らませることで様々なアイディアが浮かんできます。

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患者さんがアイディアの根源に。

これまで出会った患者さんには相当の影響を受けています。新しい患者さんに次のステップについてお話しする際には、過去に接点があった患者さんとの経験が生きていますし、コロやハルに関しても、「手伝いましょうか」と患者さんのほうから声をかけてもらうことが多くて、本当に助けられています。患者さんは、私のエネルギーの源です。

特にリハ医は、長期的に患者さんと関わるお仕事ですね。

そうですね。麻痺が残ったり、手や足を失ってしまったりした患者さんが前向きに生活され、HAL(ハル)やQolo(コロ)を使ってリハビリをしながら喜んでくれている姿を見たりすると、この仕事をやっていて良かったと実感します。

患者さん同士がアドバイスをし合うのもリハビリならではの光景で、そういった場面に立ち会うことができるリハ医は、とてもやりがいのある仕事だと思います。

これまで医師として立ち止まることはなかったですか?

医師としてではないのですが、妊娠出産、そして育児のために3年間仕事を休んだ時は、もう医師として復帰しなくてもいいかなと思いました。でも、それまで子宮内膜症で体調が万全ではなかったのが、出産をしたことで体調が良くなってリハ医として復帰することにしたら、どんどん仕事が面白くなっていきました。元気に仕事ができているのは、2人の子供のおかげです。

東京に行く人も多い中、大学時代から母となった現在に至るまで筑波にいらっしゃるのですね。

筑波愛があるというか、ここが好きなんです。だから筑波に残ることに何の疑問も抱きませんでした。

医者として母であることのメリットは?

子供の患者さんをみる時に母であることが生きていますし、若い女性の医師に身構えてしまう男性の患者さんも、私に対しては大丈夫というのはありますね。

今後、医師として成し遂げたいことはありますか。

今後も変わらず患者さんのサポートを中心にしつつ、ハルやコロのような新しいものをエンジニアの皆さんと協力して作り上げることはとても面白いので、そういったことにもどんどん挑戦していきたいです。

それと、車いすバスケをはじめとしたパラスポーツをサポートすること。下手ですが私も車いすバスケ習っているので、試合でシュートを入れることが目標です

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ご自身も参加しているんですね。

プレーしてみると、すごく楽しくて。

他にも義肢ユーザー、車いすユーザー、家族、友人、医療従事者などを対象に、筑波大と茨城県立医療大学とで「アンプティーズミーティング」というスポーツミーティングを年一回程度開いています。
円陣風船バレー、車いすバスケ、アンプティーサッカー、車いすバドミントンなど、みんなでできるスポーツを行っています。口コミだけで広がり、前回2019年では70人くらいが集まりました。コロナが落ち着いたら、是非再開したいと考えています。
ちなみにうちの娘はここで車いすバスケに出会い、今は車いすバスケのコーチになるのが夢と話しています。

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あなたの“つくばウェイ”とは?

自分らしく飾らず。人からどう見られているか気になって着飾ったり、もっとよく見られたいという思いはありつつも、「自分らしく飾らず」でありたいなと。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

筑波大なら自分のやりたいことが広がりますし、何かやりたいことが見つかった際、それを自分でやり遂げることができます。

プロフィール
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清水如代(しみずゆきよ)
筑波大学医学専門学群を卒業後、多くの病院での勤務経験を経て、現在は筑波大学附属病院リハビリテーション科で勤務。 リハビリテーション科の医師としてリハビリの最前線に従事しながら、医療の常識にとらわれないリハビリテーションで患者の選択肢を広げ生活の質向上のために尽力している。 最近では、筑波大学発の「利用者の起立・着座を可能にし、立位状態で走行できる電動式車椅子”「Qolo (コロ)」の開発にもリハ医として関わる。
基本情報
所属:筑波大学医学医療系リハビリテーション科
役職:准教授
出生年:1976年
血液型:A型
出身地:神奈川県相模原市
出身高校:神奈川県立相模原高校
出身大学:筑波大学医学専門学群
所属団体、肩書き等
  • 日本車いすバスケットボール連盟チームドクター
筑波関連
学部:医学専門学群
研究室:なし
部活動:医学陸上部、陸上同好会
住んでいた場所:春日一丁目→三丁目
行きつけのお店:夢屋、味平、いろり、北の一丁
プライベート
ニックネーム:ごとう、ゆきちゃん、ゆっこ
趣味:車いすバスケ、ランニング(最近やっていません)
特技:PHS番号を覚える
尊敬する人:伊達政宗、坂本龍馬
年間読書数:30冊くらい
心に残った本:赤毛のアン、壬生義士伝
心に残った映画:Life is Beautiful, La La Land, Greatest Showman
好きなマンガ:のだめカンタービレ、リアル
好きなスポーツ:車いすバスケ、陸上
好きな食べ物:白菜
嫌いな食べ物:干しブドウ
訪れた国:ドイツ、チェコ、オーストリア、イタリア、マレーシア、モルディブ、タイ、ベトナム、台湾、アメリカ、オーストラリア
大切な習慣:嫌がられても子供とスキンシップをする
口癖は?:まいっか
座右の銘
  • 喜びを分けると倍になる、悲しみを分けると半分になる

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