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横田スライダー

JICAと読売巨人軍の橋渡し役に

Professional
2018/09/03
インタビュー
  • 113
株式会社読売巨人軍
横田 直道
(体育専門学群 2001年入学)

恵まれた環境で生きてきた、そんな普通の学生だった。が、大学卒業後、「将来、教師になった時のために経験を積もう」と青年海外協力隊に参加し、南アフリカに赴任したことが転機に。野球を指導する中で、スポーツをしたくてもできない子供たちに触れ、スポーツの普及、そして社会貢献が人生のテーマとなった。「あの子供たちのために、できることはないだろうか」――そんな思いが彼を突き動かしている。

南アフリカでの経験が人生の分岐点

筑波大を目指したきっかけを教えて下さい。

小さい頃から体育が得意で、大学受験を考えていた時期に自然と、スポーツのことが学べる環境に身を置きたい、かつレベルの高い大学にいきたいと思って筑波大を目指すことにしました。

大学では、どんな学生生活を送っていましたか?

4年間、野球部の活動が中心で、朝から晩までメンバーと過ごしていました。部活動で特に印象に残っているのは、3年になるにあたり現役を引退し、学生コーチをやることになったことです。

筑波大野球部は日々の運営を学生主体で進めていくので、ヘッドコーチをはじめ、コーチやマネージャーを学生の中から選出する、ということは誰かが裏方に回らなければいけないんですね。そのことについて、同期20人ぐらいと朝から晩まで激論を交わした話し合いは忘れられません。

忘れられないほどの話し合いとは?

僕は2軍で、現役を続けるか続けないかのボーダーラインにいる選手でしたが、心のどこかでまだ選手を続けたいと思っていました。

同期の中には「選手を続けたほうがいい」と言ってくれる人もいたし、一方で「スタッフになってチームをサポートする側に回ってほしい」という人もいて。3日間悩みに悩んで、おにぎり一個しか食べられなかったほどでした(笑)。

そしてコーチでいこうと決断されたのですね。

はい。自分のやりたいことではなく、チーム全体で1つの目標に向かっていくことが大事だと思ったからです。能力のある人をサポートする側に回る、それはチームとしての実績を上げるために大切なことですし、サポートする人は絶対に必要。僕はその役割を担おうと。

その後、4年では一軍のコーチになり、3塁ベースコーチとして走塁の戦略を作るなどしました。

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将来について、どう考えていましたか。

当時は教員志望でしたが、視野を広げたいと思い、就職活動にも取り組んでいました。ただ、就活は途中でやめて、先輩の紹介で知った青年海外協力隊に目標を切り替えました。

なぜ青年海外協力隊に参加しようと思ったのでしょう?

野球部のチームメイトの影響が大きいですね。筑波大には全国から色んな人が集まっていて、すごい根性を持っている人もいれば、人と調和を取ることが得意な優しい人もいるし、仲間と濃密な時間を過ごすことで、他人の人となりについてよく考えていました。

そういった友人たちを通して自分自身を見つめてみると、自分にはあまり誇れることがなくて。何事も無難にはこなせるけど、根性がない、突き抜けられないタイプだと感じて。自分を鍛えるためには、思い切ったチャレンジをしようと。

それで青年海外協力隊に。

はい。もう1つの理由としては、学校の先生になった時に、色んな悩みを抱えている子、家庭環境の子に接する機会があるでしょうから、自分自身、もっといろんな経験を積んで人間的な深さ、魅力を身につけなければと思ったことがきっかけでした。

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派遣先の国でどんな経験をしましたか。

南アフリカで子供たちに野球を教える中で、いかに自分が育った環境が恵まれていたかを実感させられましたし、世の中はなんて不公平なんだと感じさせられました。

なぜ、そう思ったのでしょう?

野球の素質がある子がいて、やる気がある子もいるのに環境が整っていない、お金がないといった理由で夢を諦めなければいけない、そんな姿を目の当たりにしたからです。

特にやりきれない思いだったのは、チームで大きな大会を目指そうと半年間頑張っていたら、交通費を出してくれると約束していた政府が直前になって「お金がないから大会には参加させられない」と。

子供たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいでしたし、政府に対しては、はらわたが煮えくり返りそうなほどでしたが、でも政府にも事情がある。あの時は感情の行き場がなかったです。

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子供たちの反応は?

その出来事だけではなく、そういった大人の裏切りはこれまでに何度も繰り返されてきたようで、最初から「どうせ裏切られる」「努力しても報われない」というマインドでしたね。

しょうがないとすぐに諦めてしまう、彼らの姿を目の当たりにして「この子たちのために僕ができることは何だろう」と真剣に考えるようになりました。

人生の分岐点だったのですね。

それまでは自分中心で物事を見ていて、自分は周りと比べてこうだとか、自分はこれがやりたいと思うだけの普通の学生でしたが、南アフリカでの経験を通して「人のために自分ができること」が人生の課題となり、その思いは、帰国後の仕事選びにも影響しました。

JICAと読売巨人軍の橋渡し役に

現在のお仕事について教えて下さい。

株式会社 読売巨人軍の営業企画部に所属し、ジャイアンツのビジネス拡大、事業開発に取り組んでいます。

読売巨人軍に入社された経緯とは?

南アフリカでの経験を通し、「スポーツを通じた国際協力」がテーマになりました。また、物事を発展させるためには、ビジネスの知識やノウハウを身につけないと、とも考えていたところ、巨人軍が職員を募集していること、社会貢献活動にも力を入れていることを知り、ここなら当てはまる活動が出来るかも知れないと思い、応募しました。

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これまでどんな活動をされてきましたか。

入社して6~7年はファンクラブの運営や来場促進をメインでやっていましたが、その間ずっと「野球で途上国の支援活動をしたい」と、社長に直訴していました。

南アフリカにいた頃、アメリカのメジャーリーグはアフリカやアジアの途上国に対して野球の支援活動をしていることを知って、日本にも何かできることがあるのではないかと思っていたんです。

特に、2006年のWBC第1回大会で日本が優勝した影響で、国際球界の中でも日本の野球は存在感を強めていましたから。この流れに乗って世界で野球の支援活動をすべきだと思ったのですが、なかなかビジネスとして成立させるのは難しく実現しないまま時が過ぎていきました。

その思いが実を結んだのですよね。

オリンピックを東京に誘致するにあたって「東京がオリンピック開催地に決まったら、今やっている途上国へのスポーツ支援活動をもっと拡大させます」と日本政府が国際的に公約したことがきっかけで、オリンピック開催が決まった後、政府主導の「SPORTS FOR TOMMORROW」という取り組みがスタートしました。そうしてスポーツ界の目が、途上国の方を向き始めたときに、JICAから「青年海外協力隊員の活動を支援してもらえないか」という話が僕のところに来ました。ちょうどその頃、ジャイアンツでも社会貢献活動を本格化させようという動きがあり、またオリンピックに野球が種目として採用されるかどうかという大事な時期でもあったので、タイミングがうまく重なりました。話はトントン拍子で進み、結果的には巨人軍とJICAで業務提携を結ぶことになりました。

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JICAとはずっとつながっていたのですか?

青年海外協力隊に参加して以降、ずっとコミュニケーションをとっていました。そして2015年、ようやくJICAと会社をつなぐことができた時には、過去の経験が今につながった達成感がありましたね。

JICAと巨人軍で世界にどんなアプローチをしたのでしょう?

コスタリカに派遣されていた野球隊員がジャイアンツの野球教本をスペイン語に独自で訳していたのですが、現地の方に大変好評だったようで、まずはこの著作権を解放して、現地のオフィシャルなテキストとして活用してもらいました。さらに、ジャイアンツアカデミーのコーチを現地に派遣し、野球教室を開催。JICAのネットワークを使って、これまでにコスタリカ、アルゼンチン、タンザニア、タイの四か国で野球の普及活動を実施したんですよ。

その頃、一年間ニューヨーク赴任されていますね。

巨人軍はヤンキースとも業務提携を結んでいるので、アメリカの球団運営の仕組みを学ぶために、一年間、ヤンキースのスタッフとして働く機会をいただきました。

現地ではヤンキースタジアムに日本人のお客様を呼ぶために、日系企業向けにシーズンシートや団体のシートを販売したり、旅行会社と連携して、日本からのお客様が球場を訪れた際にスタジアムツアーをサポートするなどしていました。

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アメリカのメジャーリーグはビジネスとして成功しているイメージがありますが、現地でどんな印象を持たれましたか?

日本から見ていると、スタジアムビジネスの成功やテレビ放映権の高騰、スポンサーシップの上手な活用など、見習うことばかりの印象がありますが、実際に現地で触れてみると、
ビジネスが発展しすぎたひずみのようなもの、例えば観戦チケットの値段が高すぎて地元のファンがチケットを買えなくなってしまったり、放映権が高すぎてテレビ局が放送の打ち切りを決めてしまったりと、ネガティブな事実も多くあることに気付きました。

また、私が住んでいたニューヨークは他のスポーツやミュージカルなども盛んでターゲットの数も膨大ですが、一方でもっと規模の小さな都市を本拠地にしている球団もいます。例えば人口が30万人しかいないセントルイスという街を拠点にしている野球チーム、カーディナルスは観客動員数が年間350万人を誇っている。単純に市民の数で割ると、一人当たり11回という計算になります。

一口にスポーツビジネスと言っても、その姿は一様ではなく、奥の深さを感じましたし、長い目で球団を運営するのに大切なことは何か、考えるきっかけになりました。

これまでの経験を、どのように活かしたいですか。今後の目標は?

選手として野球で培った経験、南アフリカでの経験、そして仕事で培ったスキルを活かし、スポーツとビジネスの両方を武器として社会の課題を解決していきたいです。

これもアメリカで学んだことの1つですが、アメリカのスポーツチームは社会貢献活動に莫大なお金を使うんですね。それは宗教的な背景もありますが、社会貢献によって社会とどんどん接点を作ることで、そこで交流の生まれた人たちが10年後、20年後にファンとして返ってくるという発想がある。要は社会活動が、投資活動につながっているんです。

それがビジネスを生む要因の一つなのですね。

その通りです。例えば、ヤンキースはニューヨークの図書館に寄付をしていて、そのお金で図書館が夏休みの読書プログラムを作ります。そして、そのプラグラムに参加した子供たちをスタジアムに招待する。そうすると、今までヤンキースと接点がなかった子にも接点が生まれ、ファンとなり、自分たちのビジネスに返ってくるという仕組みがあります。

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なるほど。

その発想は日本に足りないところだなと。そういったサイクルを日本でも作っていきたいですね。

知名度が高く、根強いファンを持つ巨人軍だからこそ出来ることがありそうです。

弊社は読売新聞グループとほぼ一体化してるので、リソースがたくさんあって、社会貢献のことを考える時にも新聞記者の人たちの知見も入ってきますし、大きなイベントを開催する時もネットワークがすごい。観客を動員できる力があり、マンパワーがあるんです。

とても印象に残っているのは、元巨人軍監督の長嶋茂雄さんと松井秀喜さんに国民栄誉賞を授賞するイベントを、東京ドームで開催した時のこと。安倍総理大臣がいらっしゃったのですが、そういった方たちへのセキュリティーをしっかりやりつつ、お客様をスムーズに入場させるなど混乱なく終えられたのは、過去に数々の大きなイベントを開催してきた経験があるからこそ。そういった底力は巨人軍だからこそだと感じます。

横田さんの目標が実現できそうな環境に身を置きつつ、仲間に求めること、チーム作りで心がけていることはありますか?

仕事においては、常にチームワークを意識しています。大学で、多様性のある仲間に出会えたからこそ、自分自身に目を向け、得意なものを活かすことで1つのまとまったチームを作ることができる――そんな経験が僕のベースにあるので、自分の得意分野や専門性を生かして、お互いの知恵を組み合せながら働きたいと考えています。

あなたの“つくばウェイ”とは?

チームワーク。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

他者を知ることは自分を知ることでもあります。筑波はほとんどがひとり暮らしなので、仲間や友人と過ごす時間を大切にして、出来ればチームで一つの目標に向かうという経験をして、自分のよいところ、足りないところを知る機会を作ってほしいと思います。時間が許せば海外、特に日本とは異なる文化のある国に行くことをおススメします。

横田 直道さんが所属する
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プロフィール
横田プロフィール
横田 直道(よこた なおみち)
神奈川県横浜市出身。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業後。2001年体育専門学群入学。入学後は野球部に所属し、野球漬けの4年間を過ごす。卒業後は青年海外協力隊として南アフリカに派遣され、南アフリカにて野球の普及と指導に従事する。現在は、株式会社読売巨人軍にて事業開発を行う。JICAとの提携事業やG-handsの立ち上げにも従事。スポーツとビジネスの力で社会の課題を解決することを志に日々邁進する。
基本情報
所属:株式会社読売巨人軍
役職:営業企画
出生年:1983年
血液型:B型
出身地:神奈川県横浜市
出身高校:神奈川県立横浜翠嵐高校
出身大学:筑波大学体育専門学群
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:体育哲学研究室
部活動:硬式野球部
住んでいた場所:天久保一丁目
行きつけのお店:追越セブン
プライベート
ニックネーム:横ちん、ナオミチ、ミッチー、Mitch
趣味:読書
特技:お手玉
尊敬する人:ネルソン・マンデラ
年間読書数:50~100
心に残った本:竜馬がゆく
心に残った映画:モーターサイクル・ダイアリーズ
好きなマンガ:スラムダンク
好きなスポーツ:野球、相撲
好きな食べ物:鶏肉、鯖、アイスクリーム
嫌いな食べ物:特になし
訪れた国:13カ国(アメリカ、ドイツ、フランス、ギリシャ、南アフリカ、タンザニア、ザンビア、タイ、韓国、ドミニカ共和国、台湾、マレーシア、カナダ)
大切な習慣:早寝早起き、酒はハイボールか焼酎、エスカレーターではなく階段

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