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意識改革に取り組み、監督就任10年で甲子園優勝

Sportsperson
2016/09/24
インタビュー
  • 44
作新学院高等学校 野球部監督
小針 崇宏
(体育専門学群 2002年入学)

今夏、54年ぶりに甲子園優勝を勝ち取った作新学院高等学校。名門といわれながら1978年を最後に夏の甲子園出場から遠ざかっていた中、2006年、23歳の若さで監督を任されたのが小針崇宏監督だ。前監督からチームを引き継ぎ、赴任1年目にして電撃的に監督就任した経緯が彼を一層強くさせたのかもしれない。「悩んでいる暇はない。とにかく“何か”を変えなければいけない」。そんな気持ちで取り組んだ選手の意識改革が、この優勝に大きく結びついているようだ。

23歳、コーチ経験4か月で作新学院の監督に

まずは野球との出合いを教えていただけますか?

4つ上の兄が野球をやっていた影響で、小学2年の時に野球チームに入りました。小学6年の時は全国大会に出場したり、県内で優勝したり。良いメンバーが揃っていたので、そこそこ強かった少年時代でしたね。

地元、栃木県の強豪校である作新学院高等学校に進学し、2年の春にセンバツ出場。

練習はキツかったですけど、作新高校が21年ぶりの甲子園出場ということで皆が盛り上がって良い思い出がたくさんできました。最後の年はキャプテンをやらせてもらえて、3年の夏は予選の決勝で敗れてしまいましたが、3年間充実した野球生活を送ることができたと思います。

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筑波大に進学した理由は?

高校3年間で野球と向き合ってきた中で、いずれは野球の指導者になりたいという夢が芽生えて。教員免許が取れる大学で、なおかつ大学野球も真剣に頑張れるところに進みたいと考えていた時、今、国学院栃木高校で監督をされている柄目直人さん(筑波大卒)に勧められて筑波大に惹かれるようになりました。

筑波大で一緒になるまで柄目さんと同じ学校だったことはないのですが、同じ栃木県出身ということで野球を通して交流がありまして。1年早く筑波大に入学されていた柄目さんに「筑波大は良いぞ」と勧めていただいて、推薦の基準を聞いたり、AC入試の情報を聞いたり。結局、ACで合格しました。

大学の野球部はいかがでしたか。

3学年上の人たちと野球をやるのは初めてでしたから、先輩たちは体力面も精神面もレベルが高いと圧倒されましたね。筑波大が所属する首都リーグには、プロ野球へ進んだ久保裕也さん(東海大から読売ジャイアンツへ。現在、横浜ベイスターズ所属。)をはじめ、レベルの高い選手も多かったですし。

そんな中、入学したばかりの1年の春に、ケガで欠場した同じポジション(セカンド)の先輩の代わりに試合に出させてもらって。そこで注目してもらったことで、1年からレギュラー入りすることができました。4年生まで試合に出たり、出なかったり、競争はかなり厳しかったですけど。

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筑波大野球部でプレーしたことの良さとは?

なんでもトップダウンで監督が言うからやるのではなく、学生自身がチームを作っている、動かしている面白さを感じながらプレーできたことですね。あの4年間で自主性が問われたことで、責任感が生まれたと思います。先輩後輩のタテのつながりや横のつながりも深く、みんなが試行錯誤しながらチーム作りをできたことは今振り返っても良い思い出です。

当時、他の競技選手との接点は?

親交が深かったわけではないのですが、近い年代にはバレーボール日本代表の石島雄介さん、サッカーの藤本淳吾さん、柔道の谷本歩実さんといったトップアスリートが練習に励み、トップレベルで活躍している姿を見て、「世界で戦うには、やはり地道な努力が必要なんだ」ということを実感させられましたね。何よりも、田嶋幸三さん(日本サッカー協会会長)の講義を受けた時は感動しました。自分が恵まれた環境にいることが実感し、そうした経験から一気に世界が広がっていきました。

当時、進路についてはどう考えていましたか。

プロや社会人野球にいけるレベルでは無いと自覚していて、高校時代の時から一貫して指導者になることを目指していました。

卒業後、すぐに母校である作新学院に教諭として赴任しています。

高校時代の監督が、当時も監督を続けていて「できれば母校で監督のお手伝いをしたいです」とお話したところ、学校側と掛け合って下さって2006年4月の採用が決まりました。ところがその年の夏の甲子園が終わった時点で、恩師である監督が身を引かれることになって。僕は実質4か月しかコーチ経験がないにもかかわらず、9月1日から監督に就任することになりました。

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まずは勝ち負けよりも、野球部全体の雰囲気を変えなきゃいけないという気持ちでしたね。当時も決して弱いチームだったわけではなく、2004年には春のセンバツに出場していましたし、県大会では優勝や準優勝は当たり前のチームではあったのですが、夏の甲子園だけは縁がなかった。もう1つ突き抜けるためには何かが必要なのだろうなと。

具体的に、雰囲気を変えるというのは?

意識改革です。目標を明確にすることや、練習に向き合う姿勢など、根本にある意識を変えていかなければと思いました。当時実力はあったにせよ、夏の甲子園に向けてトーナメントを勝ち抜いていくだけの精神力、つまり「負けたら終わり」という緊張感が少し欠けていたかもしれません。

どう選手に指導して意識改革をしたのでしょう?

精神面を鍛えるための具体的な対策法はないので、まず普段の練習から「勝負だ」と真剣に向き合わせること。そのためには選手1人1人に自信をつけさせる必要があるので、まず練習量を増やしました。例えば10本のノックを50本に増やしたり、1時間の練習時間を2時間にしたり。

とにかく「今のままではダメだ、変わらなきゃいけない」ということをチームに浸透させるために、今思えば「黙って俺について来い」というスタイルで厳しく指導していましたね。内心では自分でも手探り状態で、分からないことだらけでしたが。

本日学校を訪問させていただき、野球部の選手が積極的に挨拶をしてくれました。そういった生活指導もされているのでしょうか。

「全ての人格を表すのが野球だ」と選手にはよく言っていますね。普段から集中力のない人は試合でもエラーが多く、逆に集中力が高い人はここ一番というところで決めてくれます。“2アウト、0対0で満塁”という状況で自分のところにボールが飛んできた時に取れるか、バッターならその状況で打てるかという、“ここぞ”という場面で普段からの姿勢が細かく野球に出るということは、いつも選手に言い聞かせています。

意識改革に手ごたえを感じ始めたのは、いつですか?

監督就任から2年間はどの大会でも優勝できませんでしたが、2009年、3年目の春季大会で奇跡的な逆転に恵まれて優勝。そして夏の甲子園にも出場し、「ようやく作新に運が回ってきたな」と感じるものがありました。

筑波大で学んだ、とことん考え抜き、強い者に立ち向かっていく姿勢。

少しずつ意識改革の成果が出始め、2009年に夏の甲子園に出場。2011年から6大会連続出場。そして2016年、作新学院は54年ぶり2度目の優勝を果たしました。

まさか優勝できるとは思っていませんでした。想像以上にピッチャーが頑張ってくれたのと、不思議なことに、無駄なエラーがなかったんですよ。普段とは違って(笑)。

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今の率直な気持ちは?

それが、まだ実感がないんです。これまで県大会以外はずっと負けて終わっていたので、負けないで大会が終わるというのは、何だかまだ戦いが終わってないような……。「まだ試合が残っているんじゃないか」という初めての感覚を味わっているところです。

毎年選手が入れ替わる高校野球において、強いチームを作る秘訣とは?

どの学年にも、どの選手にも必ず良さがあるので、それをしっかり磨いて学年ごとの色を出していく、特徴を作っていくことを常に意識してます。それと、「止まっている。変わらない」というのが一番ダメな状況だと思うので、練習メニューなどどんどん新しいことに挑戦していくことも心がけていて、例えば重い金属を持って練習したり、遅いボールを打つ練習をしたり。昨年11月からは、練習前にお米を炊いて皆で食べることを始めました。もしかしたら、そういったことに見えない力が宿っていたのかもしれません。

この10年を振り返って、ターニングポイントとなった出来事はありますか。

2011年頃、これもやはり精神的な部分になりますが、例えばバントは決まって当たり前という大事な戦術ですけど、気持ちを前に出させるために“攻めのバント”にして強気にさせることを意識しました。守っていても、やはりメンタルが強く保たれていないとボールを打たれた時に反応できません。とにかく、選手に力強い言葉を投げかけて迷いを取ってあげるのもそうですし、自然と強いメンタルでいられるための采配をすることも、僕の役割だと感じるようになりました。

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とにかく精神面や意識をどう持つかが大事だと。

そうですね。プレーが上手いとか下手とか関係なく、どう意識を持つかということに関しては全員ができることですし、特に高校野球では、やり方や頑張り方、取り組む姿勢がプレーに表れます。塁間を3秒で走るのは無理だとしても、「3秒で走ろうとする姿勢」を持つことはできる。全部ホームランを打つことは不可能だけど、「全部ホームランを打ってやろう」と臨む姿勢を作ることはできますから。

注目すべき采配としては、試合ごとにスタメンを変えることも挙げられます。そのこだわりとは?

“勝利優先”であることを思えば、スタメンの選手より他の選手のコンディションが良さそうであれば、その選手を起用することは必然。そのためには日頃からよく選手を観察することが大事です。高校生の場合、ずっと精神的にもろかった選手が、ふと変わる瞬間というのがあったりしますから、その上がってくる瞬間をよく見極めることが大切になってきます。

例えば、この間の甲子園でピッチャーを務めた今井達也は3年生の春まで思うような活躍ができていませんでしたが、3年の夏でようやくエースの自覚が芽生えた。その瞬間を捉えて起用したことが、この結果に結びついたのだと思います。

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今お話しに出た今井選手を始め、地元、栃木県出身の選手が多いことも作新学院の特徴ですね。

地元の選手が栃木県代表として野球をやる、これは作新学院の昔からの伝統です。その理由として、小学校から地元でリトルリーグをやっている選手は監督やコーチなど関わってきた人がたくさんいる中で、地元の高校で活躍することが地元の皆さんにとって大きな喜びになりますし、そういう方々の存在は選手にとっても力になります。今回の甲子園での優勝でも、やはり“勝ちの喜び”が大きいなと感じました。

なるほど。では、筑波大で学んだことは指導者として活かされていますか?

筑波大の教えは、確実に今に活きています。筑波大野球部はリーグの中では下のほうでしたから、いわゆる“弱者の兵法”、要するに実力を補うために考え抜かれた戦術というものがありました。作新の場合は、名前こそ強豪校として知られていましたが、夏の甲子園に対してはまだ実力が足りていない、「弱者なんだ」という目線で取り組んだことで、対戦校の分析に力を入れるなど、これまでとは違った対策を練ることができたと思います。

今後のビジョンを教えて下さい。

この作新学院で、選手に野球をもっと好きになってもらって卒業してもらいたい。監督はその役割も担っていることを忘れてはいけないと思っています。ただ、それにはやはり勝たせてあげることが大事。来年以降、勝ち続けていくことを目標にして、選手にたくさんの経験をさせてあげられるように頑張っていきたいです。

ちなみに監督にとって野球とは?

やめられない生活の全てです。これで正解とか、これで勝つという方程式がないのが野球であり、失敗が多い中でプレーできるスポーツだからこそ、たくさん考えることがあって楽しいのかなと。多くのことを学び、たくさんの人と出会わせてくれた野球は私の人生そのものですね。

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あなたの“つくばウェイ”とは?

弱者の兵法、雑草魂、負けない力。強いものに立ち向かっていく、下から這い上がっていく精神を筑波大で学びました。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

国立では全国トップ、六大学に引けを取らない野球部でアスリートとして自分を高めていけることは、人生の中で一番輝かしい4年間だと思います。卒業後の人生のほうが長いですけど、その4年間で自分の基礎となる部分が作れると思います。

プロフィール
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小針 崇宏(こばりたかひろ)
1983年生まれ、栃木県宇都宮市出身。小学生から野球を始め、作新学院高等学校に進学。2年時、春の選抜ではベスト8まで進出。3年時にはキャプテンを務めた。筑波大学体育専門学群へ進学し、野球部に入部。1年からレギュラーとして活躍し、4年時にはキャプテンを務めた。大学卒業後の2006年、母校である作新学院高等学校に教諭として赴任し、同年秋から監督に抜擢される。2009年夏に甲子園出場を果たし、2011年夏の甲子園ではベスト4進出、2012年は春夏連続出場を果たす。2011〜2016年まで6大会連続の甲子園出場を果たし、2016年、第98回全国高校野球選手権大会で54年ぶり2回目の優勝に輝いた。現在、作新学院高等学校 野球部監督。
基本情報
所属:作新学院高等学校
役職:野球部監督
出生年:1983年
血液型:O型
出身地:栃木県宇都宮市
出身高校:作新学院高等学校
出身大学:筑波大学
筑波関連
学部:体育専門学群 2002年入学
研究室:ラケットバッド研究室
部活動:硬式野球部
住んでいた場所:天久保三丁目
行きつけのお店:寺田屋
プライベート
ニックネーム:バリ
趣味:ゴルフ
特技:ギター演奏
尊敬する人:松本育夫さん(栃木県宇都宮市出身の元日本代表サッカー選手)
年間読書数:約10冊
心に残った本:燃えてみないか、今を!(松本育夫著)
心に残った映画:ロッキー
好きなマンガ:タッチ
好きなスポーツ:野球、ゴルフ
好きな食べ物:さんまの塩焼き
嫌いな食べ物:しいたけ
訪れた国:2カ国
大切な習慣:うがい
座右の銘
  • 闘魂。一期一会。

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