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高橋スライダー

世界で7回優勝できたのは、実力だけではない

Sportsperson
2019/02/11
インタビュー
  • 124
ラート世界チャンピオン/秋田ノーザンハピネッツ株式会社所属
髙橋 靖彦
(体育専門学群 2005年入学)

大学時代、野球部での挫折を乗り越え、あえて苦手なものに挑戦しようと体操部に入部。「将来どうなるかのイメージがつかなかった」ことに挑んだ結果、アジア人で初となる世界大会優勝を果たすとは、まさか本人も想像していなかっただろう。そして2019年、招致活動に尽力したラートの世界大会が地元・秋田で開催。大学時代の“分岐点”からまっすぐ、今につながっている。

岡本太郎の言葉に動かされ、体操を始めた

筑波大を目指した経緯を教えて頂けますか。

筑波大出身だった高校の体育の先生の影響が大きいです。それまでの体育の先生といえば、厳しく統率するイメージでしたが、その先生はあれやこれやと指図せず、生徒の自主性を尊重するのが新鮮で、「先生という職業は面白そうだな」と。

10歳から本格的に野球をやっていて、将来は体育の先生になって野球の指導者になりたいとの思いで筑波大を目指すようになりました。

でも一度目の挑戦では学力が足りず、一年の浪人生活を経て筑波大に合格しました。

筑波大に入ってどんなことを感じましたか?

筑波大出身の先生のイメージや、自分で筑波大を調べていた時は自主性を重んじる校風なんだろうと思い描いていましたが、野球部に入部してからは精神的に余裕が無く、何事もやらされているような状態でした。
その上、浪人時代におったケガの影響でリハビリばかりで、前向きな気持ちにはなれなくて。「このままいくと4年間がんばっても、何も得られないのでは」と危機感を感じて野球部を退部しました。

1年目にして壁にぶつかったのですね。

野球部を辞めてから3ヶ月は特に何をするでもなく、普通の大学生活を過ごしました。それが2年になって「何か将来に役立つことをやろう」と思い立ち、体操部に入ることにしました。

高橋2

なぜ体操部に?

学校の先生になろうと思っていたので「採用試験に向けて苦手な種目を克服しよう」と思ったのと、自分が全く想像できない分野にいきたかったからです。野球を辞めた後にアメフト部やアイスホッケー部からも誘われましたが、どんなスポーツか知っているぶん、自分がプレーしている姿が想像できてしまって。

ちょうどその頃、岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』という本を読んで、「人生で選択する時は先が見えないほうがいい。そのほうが自分の情熱が爆発する」といった言葉に感銘を受けていたので、あえて未知の領域だった体操に挑戦してみることにしたんです。

挑戦してみていかがでしたか?

組体操やロープ、Gボールや徒手体操など色んな種目に挑戦する中で、体操がどんどん好きになりました。中でもラートにハマりましたね。卒業間際にできる技が増えていって、めきめきと上達していたことで、競技としての魅力を感じました。

ラートの面白さとは?

ラートの競技は2本のリングに入って回転し、技の難度と完成度を競うのですが、浮遊感がすごく心地いいんです。遊園地の乗り物に乗っているような、ふわふわと浮いている感覚とでもいいましょうか。

大学を卒業した年に、世界大会に初出場。

大学4年の4月に就職先が決まり、最後の一年だと思い集中的に練習したところ、全日本選手権で入賞できるほど実力がつき、その翌年の世界選手権日本代表に選ばれました。2009年4月に就職したのですが、当時の職場の厚意で働きながら世界選手権に出場させていただきました。

高橋5

結果は?

予選落ちでした。でも初めて世界のトップ選手を見て、「もっと練習したら優勝できるんじゃないか」と確信を持つようになって、それまで以上に本格的にラートに関わりたいと思うようになりました。

とはいえ普段は仕事に追われていますから、練習は土日しかできません。もやもやが大きくなっていって、「よし、もっと練習できる環境に変えよう」と。

会社を辞めて筑波大大学院に。

はい。やりたいことははっきりしていたものの、実はものすごく悩んで、決断するまで周囲の人にたくさん相談したんですよ。

9割方の人から「優勝なんかできるわけがない。せっかく大手に就職できたのに、どうして辞めるの」と反対されましたが、最終的には「自分の人生は自分で決める」。自分のやりたいことを貫こうと大学院に進むことにしました。

ラートの世界大会を地元秋田に招致

大学院での競技生活はいかがでしたか?

練習をする時間は十分にとれましたが、なかなか本番で実力が発揮できず、大学院は計3年在籍しましたが、最初の1、2年は結果が出ませんでした。代表落ちも経験しましたが、最後の一年で念願の全日本選手権個人総合初優勝。大学院を修了した直後の世界選手権では個人総合部門で初優勝し、それ以降、通算3回個人総合部門で優勝しています。

世界選手権個人総合優勝はアジア人初、通算3度の優勝は世界初だそうですが、なぜ世界チャンピオンになれたと自己分析されますか?

個人総合は直転、斜転、跳躍という3種目を全てまんべんなくできること求められます。ほとんどの選手は、得意と不得意がありますが、僕の場合、それぞれの種目別でも優勝できる実力があることが3度の個人総合優勝につながったと思います。ちなみに、直転では2回、斜転では1回、跳躍では3回、種目別でも世界チャンピオンになっています。

中でも、跳躍に関しては僕が野球をやっていた経験が生きているんですよ。

野球での経験が生きているとは?

一般的に体操選手は上半身の筋力が強く、足が細い人が多い一方、僕の場合は野球でたくさん走って足を鍛えていた経験があり、跳躍種目での高さに生きているんです。世界の中で、跳躍の一番難しい技ができるのは、僕ですから。

それはすごいですね。

体操競技だと、新技にその技を初めてやった人の名前が付きますが、ラートの場合は名前こそつかないものの、自分で新しい技を申請して認められると難度表というものに掲載されます。僕の新技も1つ載っているんですよ。難度がつかない技も合わせると10個くらい開発しました。

高橋1

世界的に実力が認められているのですね。

世界大会で優勝するのは、実力だけではない部分があると思いますね。特に採点競技は審査員に高い点数をつけてもらわないといけないですから。僕が大学院の時に実践したのは、海外の講習会に参加して、海外のラート関係者たちと仲良くなることでした。

それがどういった結果を生むのでしょう?

審査員は海外の人たちですから、審査員のことを知り尽くしている選手やコーチたちに「こうすれば点数が伸びるよ」などといったアドバイスをもらうことで、試合で点数を取りやすくなりました。海外の方も僕を応援してくれるというメリットも生まれました。

なるほど。環境面を整備したのですね。

そうです。これは他の日本人選手にはないことかもしれません。僕が、試合会場で海外の関係者に会って「元気?調子はどう?」と、コミュニケーションを取れるようになったことは、試合で実力を発揮するために大きな影響をもたらしていると思います。

海外の選手とは英語で会話を?

はい。もともとは全く喋れず、初めての世界選手権では右を向いても左を向いても英語を喋る外国人ばかりという雰囲気に呑まれました。

でも、よくよく海外の選手が話していることを聞いてみると、そんなに難しいことを喋っているわけじゃなく、日本人同士が「お互いがんばろうね!」って気楽に話すぐらいの会話なんだなと。それが分かってからは、どんどん積極的に話しかけるようになりました。

大学院卒業後は?

つくば市を中心に、ラート教室や体操教室で指導したり、パフォーマーとして活動したりしていました。ラート教室は大学院最後の年に立ち上げました。

高橋4

ラート教室を立ち上げた経緯とは?

東日本大震災の時に大学の体育館が壊れて、器具を全部出さなければいけなくなった時にラート7台の置き場が無くなりました。仮設の倉庫に数ヶ月放置され、サビもついて、もったいないから活用させて欲しいと先生にお願いし、洞峰公園の理解も得られたのでラート教室を開催することに。

自分で丁寧にサビをとり、ペンキを塗り直して、最低人数を確保できるよう色んな人に声を掛けたところ、集まったのは5人。それが今では約30人になりました。

どんな生徒さんがいますか?

小学生から60歳くらいまでの幅広い年代の方がラートを楽しんでいます。大人が子供たちの面倒を見てくれる場面もあって、良い雰囲気です。

ラートを通してコミュニティが生まれることはとても嬉しいですし、自ら行動を起こせばこういった輪がどんどん広がっていくことを実感しています。

現在は秋田の会社に所属されていますね。

きっかけを遡ると、2014年1月、秋田市でプロバスケットボールリーグのオールスターゲームが開催され、ハーフタイムにラートを披露する機会を得ました。そのゲームの運営をしていたのが、今の所属先です。
その後も縁が続いて、2018年4月から所属させていただくことになりました。

社長は、「ラートの世界大会を秋田で開催する」という僕の夢をバックアップしてくださっています。2019年4月21日の開催に向けて準備を進めているところです。

高橋6

高橋さんが声を上げて、世界大会を誘致したのですか?

はい。仲間と企画書や提案書を作っては練り直し、作っては練り直しを繰り返して、2年がかりで国際ラート連盟や日本ラート協会からGOサインをいただきました。いろいろ準備することがあって大変です(笑)。

では、現在のお仕事について教えて下さい。

所属先の秋田ノーザンハピネッツが開催するプロバスケットボールの試合会場で、接客や会場運営をしたりしています。全国各地の学校やイベントで、ラートのパフォーマンス披露やラート体験会の開催もしております。

その他、つくば市スポーツ推進審議会委員や、東京藝術大学でラートの非常勤講師も務めています。

これからのビジョンを教えて下さい。

秋田で世界大会が開催されることで、もっとラートの認知度が高まることを期待しています。秋田でラートがもっと盛り上がることはもちろんですが、全国各地に足を運んでラートの普及に努めたいです。

素朴な疑問ですが、ラートは全国どこにでも持っていけるのですか?

さすがにそのままでは持ち運べませんが、解体できるので宅急便や自家用車で全国どこにでも持っていけます。少しでもラートにご興味があれば、ぜひお声をかけて頂きたいですね。

では最後に、筑波大にいって良かったと感じることは?

色んな人と出会えたこと、それが一番の収穫です。特に体育専門学群は色んな種目のスポーツ選手がいて、常日頃、交流する機会があるので「うちの部活はこんな練習をしている」と聞くだけで刺激的でした。

座学だけでは学べない事を学ばせてくれた――それが筑波大にいって良かった点だと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

行動する事の大切さ。考えるより動く。やってダメならまた考え直せばいい!

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

新しい価値観を取り入れることは、大学時代だからこそ出来ること。何事にも好奇心を持って欲しいですね。

髙橋 靖彦さんが所属する
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プロフィール
高橋プロフィール
髙橋 靖彦(たかはし やすひこ)
1985年秋田県仙北市生まれ。県立角館高校卒業後、1年の浪人を経て筑波大学体育専門学群に入学。幼少期より野球に打ち込み、大学でも野球部に所属したが、浪人時代の怪我が原因で野球から引退。大学2年次より始めた体操部の活動の中で”ラート”という競技に出会い、魅了される。大学卒業後も競技を続け、社会人1年目でラート世界選手権に出場。その後、世界選手権個人総合チャンピオンに3度輝き、トップアスリートとして世界に名を轟かせている。2018年より、秋田ノーザンハピネッツ株式会社に所属し、ラート世界大会の誘致活動に成功するなど競技以外の分野でも活躍中。 個人HP:http://www.yasuhiko-takahashi.com
基本情報
所属:秋田ノーザンハピネッツ株式会社
出生年:1985年
血液型:O型
出身地:秋田県仙北市
出身高校:秋田県立角館高校
出身大学:筑波大学体育専門学群
出身大学院:筑波大学人間総合科学研究科
所属団体、肩書き等
  • 世界ラート競技選手権男子個人総合優勝(アジア人初、通算3度は世界初)
  • つくば市スポーツ推進審議会委員
  • 東京藝術大学体育実技「ラート」非常勤講師
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:スポーツ社会学(学群)、体操コーチング論(大学院)
部活動:体操部
住んでいた場所:天久保4丁目
行きつけのお店:まんぷくや、李飯店、MIRA
プライベート
ニックネーム:やす、やっさん、やっくん
趣味:演技で使えそうな曲を探す
特技:球技、どこでも眠れる
尊敬する人:岡本太郎
年間読書数:5〜10
心に残った本:山際淳司さんの著作全部
心に残った映画:マジックアワー
好きなマンガ:キングダム
好きなスポーツ:ラート、野球、バスケ
好きな食べ物:生ハム
嫌いな食べ物:しいたけ
訪れた国:9カ国
大切な習慣:睡眠時間の確保
口癖は?:あっ!
座右の銘
  • 変化することに勇気を持つ

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