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早川スライダー

白血病を経験したからこそ、発信できることがある

Sportsperson
2019/12/23
インタビュー
  • 143
プロサッカー選手
早川 史哉
(体育専門学群 2012年入学)

十代で日本代表に選出され、プロになるべくしてなった輝かしい経歴の持ち主。ところが、その裏には同年代の選手に対するコンプレックス、そしてプロ1年目で白血病を発症するなど、山あり谷ありの険しい道のりを歩んできた背景がある。いかに自分を保ち、プロに復帰できたのか。飄々と語る姿が、より強靭な精神を物語っている。

筑波大の4年間で自分の強みを見つけた

経歴を見ると、中学生から日本代表に入るなど順風満帆のようです。サッカーとの出会いは?

小学1年の時、近所のお兄さんがサッカーをやっていたのがきっかけで、少年団に入りました。

中学1年次には、現在所属しているアルビレックス新潟の育成組織に加入。

学校の部活にそのまま上がるものだと思っていたら、親がセレクションに応募していて。受かったので、いってみようかなと軽い気持ちでした。

プロになることを意識したのはいつでしょう?

クラブチームに入った中学から意識はしていましたけど、地元の新潟を出て全国でプロとして活躍する自信がなくて。

高校卒業の時点でプロになれる可能性はあったのですが、自信をつけたいという理由で筑波大に進学をすることにしました。もともと教員志望でもあったので、そちらの可能性も探ろうかなと。

ほとんどの年代で日本代表に選出され、FIFA U-17のW杯では18年ぶりのベスト8に。それなのに、なぜ自信がなかったのでしょう?

日本代表で、同世代の選手のすごさを目の当たりにしていたからかもしれません。僕らの代だと、今、代表でやっている中島翔哉が同世代でしたから、そういった突き抜けている選手を見て、「自分には無理だ」と。

新潟にいた頃は、そういったコンプレックスが強かったですね。

早川1

そのような思いで大学へ。

当時はプロになることが全てではないと思っていたので、サッカーを続けるにしても続けないにしても、先々のことを考えてまずは自信をつけなければと。そういう意味で大学4年間をうまく使いたいと思いました。

教員になりたいと思った理由は。

出会った指導者が良い人ばかりで、たくさんのことを教えて頂きました。僕も子供たちに何かを伝えて、良い影響を与えられる人になりたいなと、中学の頃から思うようになりました。

プロ選手になる人は、幼少時代から「絶対にプロになる」という強い気持ちを持っているのかと思っていました。

所属していた小学校の少年団は勝利至上主義ではなく、色んな選手を使って皆が試合に出られるのであれば出るというスタンスでしたし、スローガンが「レッツ、トライ」で、失敗しても「どんまい次に切り替えよう!」という雰囲気だったんです。

それが影響しているんですね。

はい。「サッカーが楽しい」という気持ちを持ち続けることができたのは、その幼少時代の経験が大きいですね。単に勝つから楽しいとか、うまくできたから楽しいではなく、周りの人と物事を解決する過程の楽しさだったり、それがさらに結果に結びつく喜びだったり。

勝敗以外のところにサッカーの素晴らしさを見い出せたからこそ、今もサッカーを続けているし、それが僕の基礎になっています。

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なるほど。サッカーも教員も目指せる大学は他にもある中、なぜ筑波大にいこうと?

高校時代、いくつかの大学の練習に参加できる機会があり、自分が向上していける環境は筑波大だと思いました。サッカーの環境だけじゃなく、大学の周りも広くて過ごしやすく良い環境だなと。

どんな4年間でしたか。

新潟ではトップ選手でしたけど、大学に入ると全国から色んな選手が集まって、1年から4年まで色んな選手がいる中で、最初は全然通用しなかったんです。「自分の良さ、強みって何だろう」と考えさせられました。

見つけた“強み”とは?

技術的な部分よりは、色んなものを見ながら、周りを動かしながら自分の役割を果たすこと。関東のトップチームと戦うことで経験を積み、とことん考える中で自分の強みが見つかっていったと思います。

在学中に、蹴球部としては創部初の二部降格を経験されています。

3年の時は、選手の質は悪くない、皆それぞれ一生懸命なのに何をやってもうまくいかない一年でした。解決策が分からないまま僕がキャプテンになり、結果的には翌年には一部に昇格できました。

キャプテンとして、どんなことを心がけましたか?

もともと引っ張るタイプではないので、静かに周りを見ながら、試合に出ていない選手とも交流したり、悩んでいる人にちょっと声をかけたり。皆が自分の良さ、自分らしく入れる場所、心理的安全を作っていけば、力を発揮しやすいのではないかと、そんなことを心がけていました。

結果として一部に復帰。主将として重圧があったのでは?

当然ありましたけど、「上げなきゃ!」と気負うのではなく、さっき言ったようにそれぞれが過ごしやすい、力を発揮できる環境を整えていれば自然と良い結果が出ると思っていたので、平常心でやることをやって最善を尽くそうと。

なぜなら、二部から一部に昇格する時は自分たちの力だけではどうしようもないこともあるんですね。相手チームの結果に左右されることでもあるので、自分たちに目を向けながらやることをやって、ほころびだけは無くしていこう、そんな気持ちでした。

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なるほど。では、筑波大に入って良かったことを教えて下さい。

筑波大の部活には色んな学群から入れるので、色んな人がいて、それぞれ違った雰囲気や感覚があって。彼らと接するのは楽しかったし、僕の代には聴覚に障害のある人がいて、僕らと部活をしながらも彼にしか感じられないものを僕たちに教えてくれました。

サッカーを通して色んな人に触れることができる、多様性のある環境は筑波大ならではだと思います。

卒業後は、地元新潟のアルビレックス新潟に加入。

古巣である新潟に、プロ選手として戻って来られたのは本当に幸せなことでした。小学生の頃からスタジアムで試合を見ていて、そこでプレーしたいという気持ちをずっと持っていましたから。

コンプレックスを抱えていた高校卒業後ではなく、筑波大で自分の良さや強みをしっかりと持ってプロになれたことに意味があったと思います。

ところが加入一年目、白血病に。

病気と言われた時はショックよりも、ホっとした部分があったんです。1カ月ぐらい前から体調が悪くてトレーニングが思うようにできず、最初は「これがプロの世界か」と現実を目の当たりにした気持ちでいて。「これが自分のパフォーマンスであれば、大好きなサッカーをやめないといけない」と、それほど追い込まれていました。

だから白血病と診断された時は、「だから体が動かなかったんだ」と納得がいったというか。

絶望感ではなかった。

サッカー選手としての未来はないとは思いましたよ。でも、これまで妥協せずにサッカーに向き合ってきたから、ここで選手生活を終えても悔いはないと。そんな気持ちでした。

でも改めて未来を見据えた時に、「もっと生きたい」「サッカーを続けたい」「困難に対して向かっていきたい」という思いが湧き上がってきたので、これまで通り、悔いのないようチャレンジしてみようと。

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すごい精神力ですね。

それまでも自分のやるべきことをやり続けてきたという自負がありましたし、それが僕の生き方です。

それに、人のありがたさや人と接することの大切さ、人は1人では生きていけないとサッカーをやりながら感じていたように、病気になってより感じられたからこそ、またその世界に戻りたいと。その気持ちが病気と闘う際の支えでした。

サッカーを辞める選択を考えたことはなかったのですか?

僕はサッカーが好きでやっているわけじゃないんです。さっき言ったように、人と協力すること、そういうところに喜びを感じているので、正直、サッカーじゃなくてもいいのかもしれません。

皆とプレーすることが楽しい――そういった気持ちでサッカーをやっているので、辞めようと思ったことはないですね。

病気になり人生観が変わったり、自分が変わることはありましたか。

心に余裕が生まれました。今までなら、「なんでメンバーに入れなかったんだろう」とイライラすることがありましたが、今はそういった負の感情がなくなって、「じゃあ、どうやって進んでいこうか」と、前向きに考えています。

何よりも、毎日が楽しいですね。大学まではキャラを作ってクールにしていましたけど、今は本当に楽しくて、どの写真を見ても笑っている写真ばかり。生きることの楽しさを感じています。

自分に誠実であればチャンスは巡ってくる

新潟市がん検診啓発アドバイザーとして病院訪問をするなど、CSR的な活動をされていますが、どのような思いで?

大学からプロに入った時に、夢を与えたいと思って入ったんですけど、正直そこまで目が届いていなくて。でも病気になったからこそ、病気と闘っている人や家族がいるんだなと気づけました。じゃあ、僕にできることは何か考えた時に、何かを伝えていきたい、何かを感じ取って欲しいと活動を始めました。

アスリート×CSRは、昨今の大きなテーマですね。

アスリートなら誰でも彼でもCSRの活動をすべきだとは思わない、というのは僕の考えで。もし僕が患者の立場だったら、その選手が何を伝えたいとか、どういうものを共に感じながら進んでいきたいかといったことが感じられないと、正直、来て欲しくない存在だと思っているからです。

こういったことは強制で行うものではないですから、自分に覚悟がないと難しい分野だと思います。

早川さんは、どんな思いで?

僕が経験したことを発信することでサッカーだけでなく他の競技の選手たちにも何かを感じてもらって、病気と闘っている人たちがいるんだと知ってもらうことが僕の存在意義だと思います。自分の競技に対してコミットしているとどうしても視野は狭くなりがちなので、選手たちの見方を変えていける、広げていける存在になりたいですね。

そういった思いを綴った『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』を出版。

メディアでは、時間の問題でどうしてもきれいな成功部分しか見せられません。でも本を通して自ら発信することで、本音や影の部分を知ってもらえたらなと。

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筑波大に入ってプロを目指す人に、何かアドバイスはありますか。

プロってそんなに簡単な世界ではありませんから、調子に乗らず、常に自分を磨くことを忘れて欲しくない。そして、なによりも自分自身に嘘をついて欲しくないですね。

自分に誠実であれば、多少サッカーが下手であろうともチャンスが巡ってくると思います。うまい選手でも誠実さを持っていないばかりにチャンスを逃している人はいるし、逆に僕みたいなものでもプロになることができているのは、自分に誠実だったからこそ。

その部分を大切にしていれば、未来やこれからの生き方が変わってくるのではないでしょうか。

筑波大に行って良かったですか?

100%、良かったです(笑)。

今、興味があることについて教えて下さい。

自分自身の経験から、スポーツと病気という部分で何かできないかと考えています。病気の人がサッカーをやったり、スポーツのイベントをやったり。

というのも病気になった時、外に出たくないと思うことがあったんですね。病気ではない、普通の人がたくさん外にいるから、それを見たくないという気持ちで。でも、病気の人が積極的に外に出られる環境は必要ですし、病気の人だけでなく小児病棟で子供の介護につきっきりのお父さん、お母さんに対しても何かできたらいいなと思います。

自分自身の未来はどう描いていますか。

何も決まっていないですね。これは絶望的な意味ではなく、その時その時、自分の気持ちが動くままに行動をしていれば色んな出会いもあるだろうし、可能性が広がっていくはず。

だから今の最大の準備というか、最善の取り組みをすることで広がりがあるだろうと前向きに考えています。

年を重ねると可能性の扉は閉まるものですが、早川さんの場合は逆に選択肢が増えていますね。

病気になった時に閉まりかけていたものが開いた実感があるからこそ、「未来は明るい」、そう思えるようになったのだと思います。

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あなたの“つくばウェイ”とは?

色んな価値観を持った人と関わる一方で、部活動で1つのことを突き詰める。その両極端を経験できるのが、筑波大の環境です。病気の時は生と死を意識するなど“端と端”を感じながら、自分の幅を広げることを常に意識しています。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

自分をオープンにして、色んな可能性を自分の中に感じながら進んで欲しいです。壁にぶち当たっても、筑波大は第二の故郷、心のよりどころになってくれると思います。

早川 史哉さんが所属する
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プロフィール
早川プロフィール
早川 史哉(はやかわ ふみや)
1994年新潟県新潟市生まれ。中学入学と同時にアルビレックス新潟ジュニアユース(現U-15)に入団。各年代で日本代表に選出されるなどサッカー選手として輝かしい経歴を持つ。高校卒業後は筑波大学体育専門学群に入学し、4年次には主将を務めた。2016年大学卒業と同時にアルビレックス新潟に加入し、開幕スタメンとして活躍する一方で、急性リンパ性白血病を患い、闘病生活を送った。2019年10月5日、1287日ぶりにJリーグ公式戦に出場。2019年10月26日に著書『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』を発売。
基本情報
所属:アルビレックス新潟
役職:プロサッカー選手
出生年:1994年
出身地:新潟県新潟市
出身高校:開志学園高等学校
出身大学:筑波大学
所属団体、肩書き等
  • 新潟市がん検診啓発アンバサダー
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:サッカー研究室
部活動:蹴球部
住んでいた場所:春日4丁目
行きつけのお店:プリムローズ、まんぷく
プライベート
ニックネーム:ふみぞー
趣味:おいしいものを食べる
特技:ボールを指の上で回す
好きなマンガ:キングダム
好きなスポーツ:ラグビー
嫌いな食べ物:なし
訪れた国:11カ国
大切な習慣:ゴミを拾う
座右の銘
  • 実るほど頭を垂れる稲穂かな、全力前進

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