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スポーツを支えるのはトップ選手ではなく、愛好家。多くの人に楽しんでもらうことが大事

Sportsperson
2021/09/23
インタビュー
  • 164
筑波大学体育系 教授
山口香
(体育専門学群・1981年入学)

浦沢直樹が描く漫画『YAWARA!』のモデルとなった、日本女子柔道界の第一人者。1978年、中学生で全日本女子体重別選手権を制し、10連覇を達成。1988年に開催されたソウル五輪で銅メダルを獲得するなど数々の偉業を成し遂げ、引退後は指導者として女子柔道界をけん引してきた。「部活命だった」という筑波大での生活、そしてスポーツ界の課題について語って頂いた。

倒れそうになりながら練習する同期を見て、柔道の価値に気付いた

今のお仕事について教えて下さい。

メインの仕事は、筑波大学の教員として茗荷谷にある筑波大学の東京キャンパスで、社会人対象に指導をしています。

それ以外では、今年6月まで日本オリンピック委員会の理事をさせて頂いたり、バレーボール協会やサッカー協会の理事をしたり。コナミの社外取締役、東京都の教育委員などもしています。

社会対象の教育とは何でしょうか。

社会人になっても、生涯を通じて学び続けていくことは大事です。学生には、今年の3月に卒業したウェイトリフティングの三宅宏実さんや、今現在、高校の教員をされている方、新聞社の記者の方もいますし、サッカー協会で審判をやっている方など様々です。

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社会人を教えることの面白さとは?

柔道の指導者だった頃は、筑波大の学部生にこちらが教えることの方が多かったのですが、今は教員と学生という立場でありながら、ある意味、あちらのほうが人生経験が豊富な人もいますし、異分野で私と違った経験を持った人がいます。割と同じ目線で話ができるので、彼らから刺激を受けることも多いですね。

そもそも、柔道を始めたきっかけは?

小学校1年の時に、『姿三四郎』という柔道のテレビドラマを見たことがきっかけです。当時、柔道は男のものという時代だったので、道場の先生に何度も断られましたが、しつこくお願いして許可して頂き、週に6日、男の子に混ざって練習に励みました。

柔道をやっているというと色んな人に驚かれましたが、そんな環境の中に身を置いたことで、どんなことにも「今までの常識がすべてではない。いかようにでもできるはずだ」というマインドが芽生えたと思います。

中学2年の時、初めて女子だけの大会として、全日本選抜柔道女子体重別選手権大会が開催されることに。

小学までは男子と戦っても負けませんでしたが、中学からは女子男子の体力差がはっきり出てきますから、高校受験が終わったら柔道を卒業しようと思っていました。ところがその大会で優勝。これで柔道がやめられなくなりました。

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そこから十連覇を成し遂げ、“女三四郎”と言われるまでに。そして筑波大学に進学され、柔道部の女性部員第一号になります。

筑波大学の前進である東京高等師範学校の初代校長、嘉納治五郎先生は講道館柔道の創始者ですので、筑波大学柔道部は柔道界の中で背負っているものがあると、入学当時から先生によく言われていました。私からすると、その本流によくぞ私を入れてくれた、女性の道を開いてくれたと感謝しています。

もともと嘉納治五郎先生は女性にも柔道を推奨し、女性に広めるには女性の指導者を作ることが大事だとおっしゃっていて。柔道は身体接触がありますし、特に昔は男性が女性に手取り足取り教えるのはいかがわしいと言われる時代でしたから、女性の指導者がいれば、もっと柔道をやる人が増えるだろうと。

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そんな環境に身を置き、どんなことを考えていましたか?

女性の指導者を生み出すという使命が筑波大学柔道部にはあり、女性部員第一号の私がその道を進もうと。そういう覚悟がありました。教員の道に進んだのは自分自身がロールモデルになって、指導者を輩出していきたいという思いからです。

プレッシャーは並々ならぬものだったと思いますが、筑波大で良かった点は?

筑波大学柔道部は先輩と後輩の垣根がそれほどなく、なんでも言い合える環境でしたので、先輩に対して食ってかかって議論したり、先生が私の意見を聞いてくれたり。で、意見を言うとコテンパンにやられましたけど(笑)、そういうことが許される環境の中で、男性を相手に議論をする力がつきました。

筑波大の人って先生も学生も議論が大好きで、寝ないで議論するみたいな熱さがありますよね。誰が、何が正解とかではなく、それぞれが意見をぶつけ合って、少しずつ色んな意見が私に染み込んでいく。それが実になっていると感じます。

たしかに議論好きな人が多いですよね。

それに、私は推薦組でしたけど、推薦組と一般組の垣根がなく、競技においては推薦組が上をいっているんだけど、教室ではそこが逆転したり。お互いに一目置いていて、リスペクトがある。そういう点が筑波大の良いところですね。

真面目に授業に出ていましたか?

授業に行っていないわけではないんですけど、正直、部活命だったので、部活が始まる17時ちょっと前までは体力をチャージする時間だと思ってました(笑)。羽を休めるというか。そうじゃないと続かないぐらい毎日の練習がすごく大変だった印象があります。今の学生さんたちは、すごく真面目ですよね。ちゃんと勉強してますから。

寮生活でしたか?

追越寮の14号棟でした。たしか4階の部屋だったんですけど、酔っぱらった柔道部の先輩が下から呼びに来て、食事に連れて行ってもらったり。良い思い出ばかりです。

高校までは柔道部に入れず、ずっと道場の中で生きてきて、運動部に入ったのは大学からでしたから、先輩、後輩の付き合いも初めてで新鮮でしたし、「なんで1年生が掃除しにいかなきゃいけないんだろう」とか。だいたい先輩に怒られるのは私のやらかし事案でしたね(笑)。

印象に残っている出会いは?

同期に他学の学生がいて、私より体の小さい男子でしたが、「どうして柔道やってるんだろう」っていうぐらい弱くて。倒れそうになりながら練習しているんですけど、柔道が大好きだから部活を辞めないんです。

その姿を見て、柔道やスポーツはただ強いからやるだけじゃなく、楽しいから、好きだからやるということに価値があるんだなと。こういう人が柔道を支えているんだと気付かされました。

印象的な出会いとしてその方が一番に出てくるとは、よほどの衝撃だったのですね。

強い人は一杯いましたけど、その同期が一番印象に残っていますね。同学年は慣れ合いになるから一緒に練習をしないので、向こうは「もし対戦したら俺が勝ってた」って言いますし、私は私で「私が勝ってた」って言いますし(笑)。その子も含めて、今でも同級生は仲が良いんですよ。

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それと柔道の練習は基本2人1組なので、参加している部員が奇数の場合、いつも女1人で練習から余ってしまう私にとって、外国から練習にやって来る選手たちは救いでした。

私のように女だったり、一般で入った人、外国人といった顔ぶれで練習をするのは、多様性を許容する筑波大ならではだと思います。

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最後に成功しているのは型破りな人

今年6月まで日本オリンピック委員会の理事をされていたとのことで、今回の東京五輪をどうご覧になっていましたか?

どの立場で見るかによって、成功か失敗かの判断は変わってくると思いますが、私としてはコロナ渦で行われたオリンピック、パラリンピックが今後の日本にどう影響を及ぼしたかを検証して、未来につながる議論をするべきかなと見守っています。

例えば今後ますますコロナで苦しむ人が増えていったとして、なぜこうなったのかを考えた時に、やはりオリパラが原因じゃないかと思う人は多いと思うんです。アスリートの姿を見て感動した記憶よりも、今の苦しみのほうが強くなるのが人間ですから。

感動した、だから成功ではない。

そうですね。ただ、アスリートが頑張ったのは事実だし、私も感動したので、そのことが良かったという印象で長らく語られたり記憶に残るように、政府にはコロナ対策しっかり頑張って欲しいです。

柔道界についてはいかがでしょう。ある記事で、「フランスで柔道はスイミングスクールのようなもの。入ってくる人が多くて、皆が競技のトップを目指しているわけではない」と、山口さんはおっしゃっていました。予算がつく強化選手を優先する風潮がある中、柔道、またはスポーツ界の“強化と普及”についてどう考えていますか?

基本的に、スポーツはいかに多くの人に楽しんでもらえるかが大事。トップクラスにいく人は世界の人口からしたら一握りですから、実はスポーツの中のマイノリティとも言えます。トップクラスのマイノリティーが注目されがちですが、スポーツを楽しんでいるマジョリティーをもっと大事にするべきだと思います。

よく強化と普及は車の両輪、両者のバランスを取ると言われますが、私はそうではないと思っていて、両輪よりもベースはやはり愛好家。スポーツ自体の価値はどこでも、誰でも楽しめることがであって、その価値は愛好家がどれだけいるかで厚みが出ます。
だからこそまずは愛好家のベースが重要です。

一方、チャンピオンスポーツとして競うアスリートの姿をみて、多くの人がスポーツの魅力を知ることも大事です。その光り輝く姿をみてまた愛好家が増える。強化もまた、愛好家のベースをつくることにつながっています。

やはりスポーツは、どこでも、誰でも、どんな形でも楽しめるというのが本来の価値です。

トップアスリートであることと、楽しむことは両立できるのでしょうか。

それは難しいかもしれません。柔道はある意味“修行”なので、エンタメとしてのスポーツとは少し違うものになりますが、例えばサッカーや野球をトップレベルやっている人に「本当にその競技が好きですか」と聞いたら、どんな答えが返ってくるでしょう?

私の知る範囲でいうと、大学でトップレベルで活躍していた選手たちは、引退後にそのスポーツを続けていない人が多いです。才能があったがために、大人が用意したレールに乗っかっていただけで、本当のサッカーの魅力に触れされてもらえてなかったんじゃないかと。

野球でも甲子園が終わったら引退という人がいますよね。それって野球が好きなのか甲子園が好きなのかって話ですよ。本当に野球が好きだったら、市民ランナーと同じように大人になっても草野球をやる、それが文化につながると思うんです。

なぜ「スポーツは楽しい」を維持できないのでしょう?

日本のスポーツは型にはめていく教え方ですから、サッカーだったらボールを止めて蹴るとか、技術面を大事にしますよね。スポーツだけではなく、ピアノを小さい頃から無理やりやらされた子は、大人になってピアノを弾きたいと思わない人が多いみたいですし。

たしかに、私自身がそうです。

指導者が楽しさを教えず、きちっとやることを教えるにとどまっていると思います。もちろん上手くなるためには基本がないといけませんが、基本を知らなくても楽しければ上手くなるのではないかと。スポーツでも何でも、やはり楽しさを先に教えたほうがいいと私は思います。

好きなら技術は後からついてくる。

そう、ハートが求めますからね。子供がゲームに熱中するのと一緒ですよ。やめろと言っても寝ないでやり続ける。

もともと、そのスポーツが好きで始めた子供たちも、高校ぐらいになるとやらされている感じになって、つらいものになってしまうのが残念です。

山口先生の場合はいかがでしょうか?

柔道は道であり、修行。型にはめるところからスタートしますから没個性になってしまいますが、最後に成功している人は自分の個性を発揮している人、つまり型破りな人です。

でも柔道に限らず日本の教育は、型にはめるところまでで終わってしまっている。型抜きのクッキーを作るのと同じように、同じくらいの能力を持つ人をぼこぼこ作ることにとどまっています。

そこを抜けて自分の個性を出したり、意見を言ったり。個性を出しながら高みを目指して、進化していくことが大事なのだと思います。

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海外スポーツは、選手同士が意見を出し合うことが当たり前。選手や指導者は、海外に行くことで新しい学びを得ると聞きますが。

たしかにそうですね。競技を辞めてイギリスに1年間、JOCの在外研修で行かせてもらった時に感じたのは、「私って、たいしたことないんだな」ということでした。それまでは、女性部員一号として筑波大に入れたことも含め、”柔道の山口香”として知られていて、筑波大で自転車に乗っていると「あ!」と気づかれることもありました。

ところがイギリスでは誰も私のことを知りません。柔道のメダリストって言っても、「だから?」という反応で、私を1人の人として見てくれます。あの経験があったからこそ、それまで背負っていたものを下ろして、客観的に柔道というもの、そして自分自身と向き合うことができたように思います。

それは良い経験でしたね。

これは余談ですが、誰も私を知らないことをいいことに、髪の毛を金髪に染めたんですよ。その髪の毛で日本の道場に帰ったら、「遅咲きの不良」って言われました(笑)。

もちろん、私はこういう立場だからこうしなきゃいけないっていう気構えも必要ですけど、山口香がそういうことを言うべきじゃない、するべきじゃないと言ってくる人や、そういうものに自分自身が縛られてチャレンジできないのはつまらないですよね。

私はいつもフラットでいたいし、素直に思ったことを発言したい。柔道家であり、1人の人間として、その両方の視点を持つことが大事なのだと思っています。

あなたの“つくばウェイ”とは?

東京教育大からつくばの地に移ってきた経緯のように、開拓者精神が脈々と受け継がれていて、型にはまるのではなく飛び抜けてもいいと認める空気感があると思います。そういった精神を社会では生意気と言われることもありますが、その生意気さ加減が筑波大の良さだと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

私自身、大学もつくばという街も好きだし、今でも居心地がいいですけど、居心地がいいというのは閉鎖された空間でもあるということ。ここから出ていくことを恐れたり、井の中の蛙になることなく、東京や全国、世界に出ていく精神を培って欲しいですね。

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プロフィール
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山口香(やまぐちかおり)
筑波大学体育専門学群出身。体育学修士課程にて大学院修了。現在は、筑波大学体育系教授として主に茗荷谷キャンパスにて教鞭を取る傍ら、コナミ取締役、 日本学術会議会員等を務めている。筑波大学女子柔道部監督、全日本柔道連盟女子強化委員、日本オリンピック委員会理事などを歴任。小学校1年生の時に柔道を始める。大学時代は、男子柔道部に混ざり初の女性部員として女子柔道への道を切り開いた。中学2年生で初出場した全日本選抜柔道女子体重別選手権大会では、その後10連覇、1988年ソウルオリンピックで銅メダルという結果を納めた。女子柔道の先駆者として歩んできた経験を生かし、今後もスポーツの現場を超えて新たな境地を切り開いていく。
基本情報
所属:筑波大学体育系
役職:教授
出生年:1964年
血液型:O型
出身地:東京都豊島区
出身高校:東京都立高島高校
出身大学:筑波大学
所属団体、肩書き等
  • ソウル五輪女子柔道銅メダリスト(講道館女子7段)
  • 東京都教育委員会 委員
  • 公益財団法人日本バレーボール協会 理事
  • 公益財団法人日本サッカー協会 理事
  • コナミホールディングス株式会 社社外取締役、日本BS放送株式会社 社外取締役
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:柔道方法論
部活動:柔道部
住んでいた場所:春日
行きつけのお店:クラレット
プライベート
ニックネーム:なし(かおり)
趣味:映画鑑賞
特技:特になし
尊敬する人:特になし
年間読書数:30冊程度
心に残った本:空気の構造
心に残った映画:ドリーム
好きなマンガ:エースをねらえ
好きなスポーツ:柔道、サッカー
好きな食べ物:お鮨、麺類
嫌いな食べ物:鶏肉
訪れた国:多数
大切な習慣:毎日体重を測る
口癖は?:しょうがない、never mind
座右の銘
  • 意志あれば道あり

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