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大学で培った「誰かのためにプレーをする」精神で、トップ選手として輝き続けたい

Sportsperson
2023/02/27
インタビュー
  • 174
プロサッカー選手
中野誠也
(体育専門学群・2014年)

中学高校は、ジュビロ磐田の下部組織で活躍。プロ入りを期待されながらもオファーには至らず、大学進学を決意。大学時代は二部降格、一部昇格、そしてインカレ優勝など浮き沈みが激しい4年間だったと振り返るが、そこで得た経験、そして仲間の存在が、現在の活躍、そして未来の目標を叶える原動力になっているようだ。

サッカーが上手い下手、関係なく尊敬できる仲間との出会い

サッカーとの出合いを教えて下さい。

2歳上の兄がサッカーを始めたのがきっかけで、気付いたら自分もサッカーを始めていました。幼稚園年中の5歳の頃です。

チームに所属していたのですか?

通っていた幼稚園のサッカースクールに入りました。親は色々な場所でサッカーをする機会を与えてくれましたが、知らない人たちの中でサッカーするのが苦手だったので、幼稚園のスクールでプレーするのと、あとはリフティングするのが大好きで。1人でも、とにかくボールを蹴っていた思い出があります。

人見知りな子供だったのですね。

そうですね。小学2年になってからは、兄と一緒に地元のクラブチームに移りました。

ご出身は静岡県浜松市。サッカーキッズが多そうですね。

同い年のチームメイトが大のジュビロ磐田ファンで、その友達の影響で一緒に試合を見に行くことが増えて、僕自身もサッカーへの意識が高くなりました。

当時はゴン(中山)さん、高原(直泰)選手、ブラジル人選手のロドリーゴ・グラウといった3人が黄金世代のフォワードで、憧れの存在でした。ヤマハスタジアムのバックスタンドによく見にいっていましたね。

中学からジュビロ磐田のジュニアユースに入団。

ジュビロに入るという選択肢しか考えていなくて、ひたすら練習していたら受かったという感じです。ジュビロの練習着が着たい!という一心でした。

そこからユースに入って筑波大に進学。

ジュビロからトップ昇格がなく、ジュビロユースの先輩である岩脇力哉くん(現 鈴鹿ポイントゲッターズ)が筑波大にいたので、すぐに連絡して練習に参加してみたら感触が良くて。

教員免許が取れるのも魅力でしたし、推薦入試で筑波大を受けてみることにしました。

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筑波大蹴球部に入部し、1年からスタメンで活躍。チームの得点王に輝いています。

個人的にはそうでしたけど、1年の時にチームが二部に降格したことが、僕のサッカー人生に大きな影響を与えていると思います。

2年の終わりに一部に昇格しましたが、3年でチームを引っ張る立場にもかかわらず、一部で戦う感覚がつかめていない怖さがあって、開幕からガンガン攻めて何試合か勝っても、まだどうなるか分からないって気を引き締めていました。

チームはどんな雰囲気でしたか?

勝って浮かれそうになると、今、FC今治にいる野口(航)が「勝っても気を緩めちゃダメだ!」って皆に言うんです。日頃、そんな事を言うキャラクターではないから、余計に「そうだな」と気が引き締まって、それがあの時、強くなった要因だと思います。

野口さんを知る人なら、「彼がそんなことを言うなんて⁉」と驚きがあるようなキャラクターなのでしょうか?

そうですね。ガチで言ってくるだけじゃなくて、ふざけて言ってくる時もありましたけど、なぜかあいつが言ったら皆が「そうだよな」と、まとまるんです。当時、どういう気持ちで言っていたのか、聞きたくても気恥ずかしくて聞けませんけど(笑)。

僕たちが1年、2年の時に苦労をした経験を後輩たちも知っていたので、あの時は野口を中心に、後輩たちがよくまとまってくれたと思います。

3年次にインカレ優勝、4年次にリーグ優勝、天皇杯でも躍進と華々しい結果を収めました。

後輩との関係性も良かったですし、同期の北川柊斗(現 ザスパクサツ群馬)がキャプテンを務めたこともチームの士気を高めていました。

キャプテンとしてチームを引っ張っていくイメージではなかったのに、立候補してキャプテンになって彼自身がどんどん良いほうに変わっていって。

どんな風に変わっていったのでしょう?

(北川)柊斗は中学高校からずっと僕らの代のトップ選手でしたから、蹴球部に入部した当初は少しトゲがあったというか、自我が強くてギラギラしていました。ですが、キャプテンになって周囲に気を配りながら、良い意味での自我が出せるようになっていったんですよね。

同じフォワードとして柊斗を4年間見ながら、チームのことを考えてキャプテンに立候補したのは本当にすごいことだと思いましたし、これぞ筑波大の良さだと感じました。

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具体的に、筑波大の良さとは?

蹴球部でいうと、トップ、B1、B2、Cとランクがありますけど、皆、誰かのために行動できる人の集まりなので、サッカー上手い下手関係なく人として尊敬できる。そんな環境だったと思います。

サッカーの実力でランクは分かれているけど、皆それぞれの役割を全うしている。

はい。それってすごいことで、筑波大ならではだと思います。

だからこそトップの選手として試合に出た時、特に3、4年次に仲間のありがたみに気付いてからは「仲間のために頑張ろう」と思えたし、インカレの時なんてたくさんのメンバーが見に来てくれて、「このメンバーを喜ばせるために頑張ろう」と。そういう気持ちにさせてくれた仲間の存在って、本当にすごいと思いました。

学生時代の一番の思い出というと?

やっぱり、インカレ優勝ですね。つらい思いをしてきた選手が多くいて。やっと報われたのがインカレでしたから。

8-0で勝ったので、世間からはそんなにやらなくてもいいじゃんって言われたんですけど(笑)、それ以上に溜まっているものがあったので、試合終了の笛が鳴った瞬間はもう最高の気分でしたね。あの瞬間が、大学時代で一番最高でした。

「仲間のために戦う」というのは、他の大学ではなかなか芽生えづらい感覚だと聞きます。

ですよね。ギブアンドテイクって言葉がありますけど、筑波大の人たちってテイクを求めずにギブができる人が多いんです。だから、こっちも自然とギブをしたくなる。

蹴球部の人たちと出会えてそういう感覚が芽生えたことは、僕がプロとしてやっていく上で、とても大事なことだと思います。

今現在にどう生きていますか?

プロは言ってみれば個人事業主ですから、人のことばかり考えていては自分が落ちていってしまう一面もありますが、僕は、筑波大で培った「誰かのためにプレーをする」気持ちを持ちながら、トップ選手として輝き続けたい。

筑波大時代にその気持ちを持ってインカレ、リーグ、天皇杯と勝ち続けることができたように、プロの世界でもサッカーにはそういう要素が必要だと思っているので、これからも自分の道を貫いていきたいです。

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「モチベーションを下げない努力」が報われた1年だった

では、プロになってからの話をお聞きしたいと思います。大学卒業後はジュビロ磐田に入団。小さい頃から憧れていたチームに入ることになった時の気持ちは?

大学3年の終わりに決まったんですけど、オファーを出すと言われた瞬間は、「やっとスタートラインに立てた」という安心感が強かったです。

喜びよりも、安心感が強かった?

そうですね。中学高校とジュビロの下部組織にいながらもプロに上がれなくて、大学に進学した流れだったので「ジュビロには帰らない。他のチームに入ってやるぞ」と思って大学に来ましたから。

でも2年ぐらいの時にジュビロが負けた試合を観て、めちゃくちゃ悲しくて。その時にやっぱりジュビロが好きだと気付かされたので、オファーがあった時は嬉しかったですけど、そういった気持ちの浮き沈みがあったので、少し冷静だったかもしれません。

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入団から1年後の2019年にファジアーノ岡山に育成型期限付き移籍、2021年からは現在所属している大宮アルディージャに完全移籍しています。

ジュビロにいてもエースになれる気がしなかったというのが移籍の理由です。何か大きな刺激がないと大きな成長ができない気がして、他のチームで色んな経験を積むことで、いつかジュビロに戻ることがあれば、中心で活躍できる選手になりたい。

そういった気持ちを持っているのですね。

はい。ジュビロから大宮に移籍した前の年に試合に出られていないわけではなく、むしろ一番出られたシーズンでしたが、その直後に移籍したのは、自分自身の中で成長スピードが横ばいになっていくような危機感を抱いたからでした。

いつか日本代表になりたい、海外でプレーしたいという目標もあるので、同じ場所にずっととどまるよりもジュビロを出た方が自分自身の成長につながるだろうと、それが移籍を決断した一番の理由です。

移籍をして、現在の実感はいかがですか。

移籍して良かったと思いますし、今後、もっと突き抜ける可能性があると感じています。

特に人との出会いが自分を成長させてくれていますね。大宮で北島秀朗さん(元 柏レイソル)に出会えたことはとても大きくて、フォワードとしてどう振る舞うべきかとか、メンタル面、細かいポジショニングなど色々教えて頂きました。

サッカーと一言で言っても、色んな選手がいて、色んな考えを持っている。そのことを知れたのは移籍したからこそだと思います。

その学びは、結果に結びついていますか?

去年はベンチからスタートして、ベンチ外のこともありましたし、途中ケガで3か月離れながらも、復帰後はチームがJ2に残れるかどうかの大事な10試合出場。全てスタメンで出場できました。

プレッシャーはありましたが「自分が点を取ればなんとかなる」という自信があって、結果、勝利に結びつく活躍ができたことは、やはり精神面での成長が大きいと思います。

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どのようにしてモチベーションを高く保っていたのでしょう?

浮き沈みの激しかったこの1年で身についたのは、「モチベーションを下げないように努力すること」です。上がる時は勝手に上がるので無理に上げようとはしないで、モチベーションが下がりそうだという時に、下げない努力をする。

例えば、ベンチ外だと発表された瞬間、「ここで下げてたら、下がってるメンバーと同じだ」「これを乗り越えたらカッコイイ」「今、やれ!」って自分の中で唱えるんです。

それが心の支えになっているのですね。

はい。それと、もう1つはジュビロ磐田の山田(大記)さんに言われた、「とりあえず半年は頑張れ」という言葉が心の中にいつもあって。たとえ試合に出られなくても2、3か月で移籍するんじゃなく、半年は本気で頑張ろうと自分を奮い立たせています。

その2本柱で去年は頑張れた、報われた1年になりましたし、この軸をぶらさなければ、今後どんなことがあっても乗り越えられる気がしています。

やはり人との出会いは大きいですね。

その2人との出会いは大きいと思います。

今年の活躍も期待できそうです。

今年はJ2から3チームがJ1に昇格できるので、J1昇格を目指して頑張りたいと思います。

最後に、今後の目標を教えて下さい。

まずJ1で活躍して国内で結果を出すこと。そして先ほど言った、海外でプレーすることです。世間体には難しいと言われる年齢かもしれませんが、これは絶対に諦めたくない目標ですね。

あなたの“つくばウェイ”とは?

誰かのために頑張れる、それが筑波大で学んだことです。それを学べたのは筑波大だったからですし、筑波大で出合った仲間のおかげだと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

筑波大の環境は本当に素晴らしいですし、何よりも仲間が素晴らしい。今、学生の人は仲間を大事にして、色んなことを学んで欲しいです。筑波大を目指している人は、そんな素晴らしい仲間に出会って、自分自身も人のために頑張れる、そういう人になって欲しいです。

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中野誠也さんが所属する
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プロフィール
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中野誠也(なかのせいや)
筑波大学体育専門学群出身。中学高校とジュビロ磐田の下部組織でプレー。そして筑波大学蹴球部を経て、小さい頃からの憧れであった当時J1のジュビロ磐田でプロデビューを果たす。人との出会いの中で、どんな状況でもモチベーションを下げない術を身につけ、日々成長を続ける。筑波大学で培った「仲間のためにプレーする」精神を大切に、謙虚に直向きにJ1での活躍そして海外でのプレーを見据えている。
基本情報
所属:大宮アルディージャ
役職:プロサッカー選手
出生年:1995年
血液型:O型
出身地:静岡県浜松市
出身高校:静岡県立磐田西高等学校
出身大学:筑波大学
所属団体、肩書き等
  • 大宮アルディージャ
筑波関連
学部:体育専門学群(2014年入学)
研究室:サッカー研究室
部活動:蹴球部
住んでいた場所:天久保2丁目
行きつけのお店:まんぷくや、プリムローズ
プライベート
ニックネーム:セイヤ
趣味:コーヒー
尊敬する人:中山雅史さん、山田大記選手、小井土さん
年間読書数:20冊くらい
心に残った本:書斎の鍵(喜多川泰)
心に残った映画:グリーンブック、LEON
好きなマンガ:ワンピース、キングダム
好きなスポーツ:サッカー
好きな食べ物:寿司
嫌いな食べ物:パクチー
訪れた国:6カ国
大切な習慣:手帳を開く
座右の銘
  • 謙虚に直向きに!

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