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野口スライダー

開発途上国の女性のために、私がスポーツを通じてできること

Sportsperson
2017/03/06
インタビュー
  • 72
スポーツ庁 国際課 国際機関派遣係
野口 亜弥
(体育専門学群 2006年入学)

幼少時代からサッカーに親しみ、筑波大卒業後はアメリカにスポーツ留学、そしてスウェーデンのトップリーグでプレー。引退後はアフリカ・サンビアのNGO団体に所属し、子供たちにスポーツ指導し、スポーツを通じてライフスキルを伝える活動など見識を広めた。そんな中、新しく見えてきたのは“スポーツを通じた国際開発”という果てしないテーマ。現在、スポーツ庁に勤務しながら、海外で身を削って得た経験を未来につなごうとしている。

スウェーデンのトップリーグでプロ選手として活躍

現在のお仕事について教えていただけますか。

スポーツ庁の国際課で、国際機関派遣係として働いています。オリンピック、パラリンピックは別の課の管轄ですので、私がいる国際課ではそれ以外の国際案件を担当していて、例えば国際会議に出席したり、国際的ネットワークを作ったり。各競技団体と連携して、国際大会の招致及び運営に必要なサポート、アンチ・ドーピングの推進、各国とのスポーツを通じた交流等を行っています。

具体的にはどういったことを?

実際に私がやっている仕事は、各国の大臣がスポーツ分野に関して「こういった交流をしていきましょう」と覚書を結ぶ際の書面の作成や、各国の大臣が表敬された時に文部科学省やスポーツ庁の幹部の方々と対談ができるようセッティングし、対談に必要となる、日本と各国のスポーツ分野における関係等の情報を整理します。

また、官民一体となった「SPORTS FOR TOMORROW」という、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに開発途上国を中心とした100か国1000万人にスポーツの価値を届けようという事業をスポーツ庁で進めていますが、2020年以降もこのムーブメントが続いていけるように、スポーツを通じた国際交流や国際開発を今後どうしていくのがいいのかといったことも最近は検討しています。

スポーツを軸とした仕事のようですが、もともとスポーツとの関わりは?

サッカーチームに入っていた兄の影響で3歳からサッカーを始めて、兄と同じチームに入っていました。当時、女子の選手は私1人で、小学校まではずっと男子と一緒にプレーをしたんですよ。

中学からは女子チームで活動していたのですか?

平日は男子のチームで練習をしながら、週末には自宅のある千葉からつくばFCレディースの練習や試合に参加して、大人に混ざってサッカーをしていました。

当時のつくばFCレディースは筑波大サッカー部OGや現役の女子サッカー部の方がたくさんいらっしゃったので、筑波大に興味を持つようになったのはその頃ですね。筑波大の皆さんはしっかりした考えを持っていて、素敵なお姉さん方だなぁと。「皆さんのように素敵な女性になれるなら、私も筑波大に入りたい」と思いました。

高校は東京の十文字学園高校に進学。

中学から筑波大にいくことを視野に入れていたので、サッカーも勉強も文武両道できる環境が良いだろうとのことで、十文字に。今年の年始に行われた高校女子サッカーで初優勝を果たしましたが、私が入った頃は、全国に出た経験もなく、ようやく高校1年の時に全国初出場、3年の時にはベスト8という成績を収めることができました。

一般入試で筑波大に合格。入学してみていかがでしたか。

最初の1年は、ずっと憧れていた大学に入れた喜びでフワっとしてましたね(笑)。女子サッカー部に入って、日本代表を目指している部員から、大学でサッカーを始めた部員もいて。体育専門学群以外の学生や他の部と兼部している人も全て受け入れて個人個人の目標や置かれている状況を尊重してやっていくのが部の方針だったので、そんな環境でチームを作りまとめて行くのは先輩方も大変そうだったし、私も4年になってから大変さを感じました。でも、逆にその経験が私を成長させてくれたと実感しています。

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特に印象に残っていることは?

キャプテンだった4年の時、チーム作りの過程で学んだことは今でも自分の土台になっていますね。自分の軸をしっかり持つこと、仲間の良いところを尊重すること、感謝の気持ちを持つこと。そういった気持ちを持ちながら仲間と一緒にチームを作る大切さを学びました。

卒業後はアメリカに留学されています。なぜ留学しようと?

昔から留学したいと思っていたのと、アメリカはスポーツ奨学金がしっかりしているので、自分が今まで頑張ってきたサッカーで奨学金がもらえる上に、専門的な勉強ができて英語の勉強もできる。そう考えたら、こんなチャンスはないんじゃないかと。

ニューハンプシャー州のフランクリンピアス大学に入学。

学位は持っていたので、本当は大学院に入りたかったんですけどTOEFLの点数が3点足りず(笑)。フランクリンピアス大学でスポーツ&レクリエーションマネジメント、主にスポーツのビジネスについて学ぶことにしました。

アメリカは秋入学なので、入学前に3か月間ニューヨークの語学学校に通いながら、アメリカ女子2部リーグのニューヨークマジックというチームでセミプロとしてサッカーをして。入学後も毎年夏休み期間中はチームに合流し、4年目にはキャプテンを務めました。

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日本とのプレーの違いはありましたか?

日本はどちらかというと、パスを回してみんなで攻めようといった雰囲気があるんですけど、アメリカは“個”が強いので、日本ならサポートがいるであろう所に誰もいないことは当たり前。そこでボールを奪われてしまったら私の責任なので、どう打開するかなど色々考えさせられました。日本の常識が通用せず、今までの当たり前が当たり前じゃなくなった時の対応能力は高まったと思いますね。

語学の壁はなかったですか?

最初の2年間は英語力が想像していたより伸びず、理想と現実とのギャップに地獄のようでしたよ(笑)。それでも奨学金をもらっている以上、授業にきちんと出て、ある程度の成績を収めないといけないので、サッカーをやりながらも勉強は必死に取り組んでいました。そのうちに英語にもストレスがなくなり、大学院に進学、MBAを取得しました。

アフリカ・ザンビアで受けた衝撃

その頃、将来についてはどう考えていたのでしょう?

日本にいる時からずっと、サッカーを通じた教育について興味を持っていましたが、日本でサッカーと教育の接点というと、指導者か学校の先生になることぐらいしか思い浮かばなかったんですね。でも海外に出て、サッカーやスポーツがもっと色んなことに活用されているのを見て視野が広がりましたし、特に女性とスポーツの関わりに興味を持つようになりました。

例えばアメリカでは、女性がプロとしてチームで雇われているので、選手が引退した後に「私もあんな風になりたい」と憧れを抱けるモデルケースがすぐ身近に存在するんですね。そのように、スポーツをしている女性がキャリア形成できる環境はアメリカのほうが整っていると感じます。

ご自身のキャリアとしては、大学院修了後にイギリスのチェルシーレディースFCの試合にゲスト参加されていますね。

修士課程が取れたらプロになる夢に挑戦したいと思っていたところ、ニューヨークの監督が当時のチェルシーの監督を紹介して下さり、「近々チェルシーが日本に行く機会があるからゲストプレーヤーとして参加できないか」と言っていただけて。その大会だけでしたけど、ゲスト参加することができました。

そして、その大会で知り合ったスウェーデン人のエージェントの紹介で、スウェーデンのトップリーグに所属するチームである、リンショーピングフットボールクラブとプロフェッショナル契約できたという流れがあります。

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着実にチャンスをつかんでいます。

単純にサッカーが好きだから「もっと上手くなりたい」という気持ちが原動力でしたし、当時26歳だったので、「もうプロでやるには若くない。これが最後のチャンスだ」という気持ちで、目の前のチャンスをつかみにいった感じですね。

スウェーデンで4か月プレーをし、選手を引退。その後は?

スウェーデンのチームとの契約が満了し、「セカンドキャリアをどう築こう?」と考えた時に、私がアメリカでやっていた活動がきっかけで知った、開発途上国でのスポーツを通じた女性のエンパワーメント(生きる力を湧き出させること)のお手伝いをしようと、アフリカのザンビアにあるNGO団体にインターンとして受け入れてもらいました。現地の子供たちにスポーツ指導したり、ザンビアと日本間のプロジェクトを立ち上げるなど活動し、半年間滞在しました。

まず、アメリカでやっていた活動について教えていただけますか。

貧しい地域の子供たちに向けた放課後プログラムにインターンとして参加し、勝ち負けではなく、スポーツを軸にして生きる力やコミュニケーション、リーダーシップや食育などを学んでもらおうといった活動を経験しました。私が今まで部活動でやっていた、優勝を目指そう、試合に勝とうといった目的とは違ったアプローチがあることを知るきっかけになりましたし、そこに面白さを感じて。

その後に色々調べてみたら、開発途上国でスポーツを通じて社会問題を改善しようといった取り組みをFIFAやオリンピック委員会がやっていることを知り、「いつか開発途上国に行ってやってみたい」と思うようになったんです。その際には筑波大の先生にもNGOについて伺って、自分でコンタクトをとっていきました。

実際に行ってみて、いかがでしたか?

衝撃でしたね。アメリカでの生活を経て自分の世界は広がったと感じていましたけど、ザンビアに行って、「私が広がったと思った世界は、先進国の中だけだったんだ」と。

考えさせられたことの1つは、先進国といわれる国と開発途上国といわれる国とのかかわり方についてです。ある日、ザンビアのスラムにプラスチックのごみがすごく散らかっていたので、ザンビア人に「どうして散らかっているの?このゴミはどうなるの?」と聞いたら、「このごみの処理の仕方が分からないのに、(先進国の人が)プラスチックを持って来ちゃったから処理の仕方も分からない。処理をするシステムもない」と言っていて。

もちろん全てではないですが、そんな風にザンビア人の生活が先進国からの身勝手な支援や開発、企業の海外展開によって汚されてる状況がある一方で、ザンビア人もそういった先進国の支援に頼ってしまうマインドにもなっていて、自立心があまり感じられない状況もあり。そういった現実を思い知らされ、私1人の力ではどうしようもできない哀しさを感じました。

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無力感、といった感じでしょうか。

そうですね。私が6か月いったからって何も変えられないと気付かされ、何か変えられるなんて思う事自体が傲慢なんだと思いました。哀しくもありましたけど、大きな学びでもありました。やはり、その国やその地域を本当に変えられるのは現地の人、そしてこれからを担う子供たちしかいないのだなと。

ただ、先進国の人たちもそのお手伝いをすることはできると思います。「私は日本人として何ができるだろうか」と考えようになりました。

筑波大での経験が、今に活きていると感じることはありますか?

在学中は当たり前にあった、筑波大の先生方を始めとする学びの環境が、こういった活動を始めて、改めて「本当に素晴らしい先生方から、素晴らしい環境から学ぶことが出来ていたのだな」と気付かされました。筑波大の先生はそれぞれの分野で日本の第一人者であったり、トップを走っている方ばかりなので、開発途上国でNGOを探す際も、筑波大の先生にも助けていただきました。先生方にチャンスを広げていただきました。

では、今後のビジョンを教えて下さい。

これまでの経験を活かして「スポーツを通じた国際開発」は今後も続けていきたいです。なかでも女性や少女のエンパワーメントは一番興味があるところですし、日本ではまだまだ、可能性のある分野なので、いろいろな方からご指導をいただきながら、「私が先頭に立つ」というくらいの意気込みと意識を持って、もっと積極的に関わっていきたいですね。

世界的にみると、アフリカだけじゃなく、東南アジアやインド、ネパール、カンボジアなど、女性が平等に教育機会を得られていない国や、つらい状況に置かれている国はまだまだ多いですから、そういったことを改善するためにスポーツは一役買うことができるのではないかと思いますし、こういった取り組みが行われていることをどんどん発信していきたいと思います。

この記事を読んで、野口さんの思いに共感する学生が出てくるかもしれません。

そうだといいですね。開発途上国の女性や女の子だけでなく、日本の女性や女の子にも相互交流を通じてエンパワーメントができるのではないかと思っています。例えばカンボジアの女性と交流することで日本の大学生の視野が広がり、文化の違いを学び、多様性を考え、その人がエンパワーメントされることもあるかもしれない。国際交流を通じて、開発途上国の女の子も日本の女の子もどちらも成長できるような、そういった活動をどんどん促していけたらと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

目標をきちんと持ち、それに向かって努力すること。仲間に感謝して、全てのものに感謝をすること。そういった人としての基本が身に付きました。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

筑波大で過ごす時間や友達、先生方との出会いを大切にして、色んな可能性を探して、色んなことにチャレンジしていって欲しいです。

プロフィール
野口プロフィール
野口 亜弥(のぐちあや)
1987年生まれ、千葉県出身。十文字高等学校を卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。幼少期からサッカーを始め、筑波大学では女子サッカー部に所属。4年次にはチームキャプテンを務め、チームを牽引。大学卒業後はアメリカに留学し、サッカー選手としても活躍。2014年にはスウェーデンのクラブで、プロサッカー選手として契約。引退後はアフリカのザンビアでスポーツを通じた女性のエンパワーメントの団体であるNOWSPARにインターンとして携わる。2016年10月からはスポーツ庁の国際課に勤務。昨年10月末までの1年間は文部科学省主催の「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」で広報を担当。現在、スポーツ庁国際課国際機関派遣係。<ブログhttp://no11aya.exblog.jp/>
基本情報
所属:スポーツ庁
役職:国際課 国際機関派遣係
出生年:1987年
血液型:A型
出身地:千葉県野田市
出身高校:十文字高等学校
出身大学:筑波大学
出身大学院:フランクリンピアス大学大学院
所属団体、肩書き等
  • 筑波大学女子サッカー部OG会 理事
筑波関連
学部:体育専門学群 2006年入学
研究室:健康教育学研究室
部活動:女子サッカー部
住んでいた場所:春日3丁目
プライベート
ニックネーム:あや
趣味:サッカー、フットサル、映画鑑賞
特技:思い立ったら行動できるところ
年間読書数:5冊
心に残った本:職業は武装解除、フージーズ: 難民の少年サッカーチームと小さな町の物語
心に残った映画:GO!、奇跡のシンフォニー
好きなマンガ:るろうに剣心、赤ちゃんと僕、ONE PIECE
好きなスポーツ:サッカー、サイクリング
好きな食べ物:トマト
嫌いな食べ物:あんこ
訪れた国:12カ国
大切な習慣:新しいことを探すアンテナを高くすること。
口癖は?:自分の心に素直に
座右の銘
  • We can do no great things, only small things with great love、「夢とか希望の本当の意味は分からないけれど、素敵な自分になれる魔法なんだと思う。」

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