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西山スライダー

ダンスを踊る、創る。そして今度は“伝える”側に

Sportsperson
2018/10/01
インタビュー
  • 115
ダンサー
西山友貴
(体育専門学群 2004年入学)

コンクールで賞をもらうため、レッスンに明け暮れていた高校時代。一度はダンスの世界から身を引くが、筑波大でダンスの本質に触れ、現在はプロのダンサーとして舞台に立つかたわら、大学の非常勤講師としてダンスを教えている。大学時代のどんな経験が今の彼女につながっているのか――キーポイントとなるのは、やはり“人との出会い”だ。

踊りは技術だけじゃないと気付かされた

お仕事について教えて頂けますか。

フリーランスでコンテンポラリーダンサーをしています。2013年からはCo.山田うんというダンスカンパニーに所属し、東京を拠点に日本全国、また海外公演にも参加しています。

それ以外にも、去年はホリプロ主催の百鬼オペラ『羅生門』に出演するなど、お声がかかればミュージカルなどにも出演しています。

コンテンポラリーダンスとはどんなものでしょう?

現代のダンス、前衛的なダンスと言われますが、すごく分かりやすく言えば創作ダンスに近いと思います。音楽や振付、技術がある程度決まっているバレエとは違って、コンテンポリーダンスは振付や身体性、コンセプトをゼロから創り上げていきます。

作品によって音楽の有無、ダンサーの数や衣装も違い、劇場だけでなくギャラリーや野外で踊ったりもします。つまり、表現したいものを自分たちの感覚で自由な形式で生み出すのが特徴なんです。

大学に入る前まではモダンダンスをしていましたが、筑波大学ダンス部でコンテンポラリーダンスの面白さに目覚めて、今に至ります。

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ダンスとの出会いは?

小さい頃から喘息があり、喘息にはバレエがとても良いと耳にした母がダンス教室に連れて行ってくれたのが、小学2年の頃でした。

ご自分の意思ではなかったんですね。ダンスの面白さに目覚めたのはなぜ?

身体が固く、先生が言うこともすぐにできなくて「不器用だ」とよく言われてて。そのコンプレックスを反動にたくさん練習するようになったら、だんだん上手になっていくのが自分でも分かって。

週に7日、毎日練習を重ねて発表会に出ると、それまでの努力が全て報われて、舞台の上では自由に踊ることができました。それが踊る楽しさに繋がっていったんだと思います。

コンクールで賞を獲ったことは?

小学校の終わりからコンクールで賞を獲るようになり、中学・高校では全国舞踊コンクールで1位、2位、3位を獲りました。

ダンスを始めた当初、あんなにも不器用だった私が認められる場所ができた喜びを感じてはいたのですが、コンクールのために踊ることが楽しくなくなってきてしまい、高校2年の時、ずっと通っていたお稽古場を辞めました。

週7日も没頭していたダンスを辞めて、その後は?

ダンスで何か仕事ができないかと宝塚歌劇団を受験しました。倍率の高い一次審査に奇跡的に受かったのですが、二次審査に落ちて。次の年にもう一度受けたのですが、不合格。

その時、初めて「この先、どうしよう」と真剣に考えていたら、心配した親が「大学に行く?」と。

それで大学進学を考えたのですね。

はい。実家はつくば市ですし、母は昔、筑波大のバスケ部で主将を務めていたので筑波大学は身近な存在でした。早速、大学に見学に行ってみると、構内の掲示板で平山素子先生(体育系准教授 つくばウェイno51で紹介)のお名前を見つけて。

お名前を知っていたのですか?

素子先生は私が通っていたお稽古場の先生の後輩で、素子先生が大学院生だった頃、お稽古場の発表会にゲスト出演して下さったことがありました。その頃から圧倒的なオーラで、憧れの人で。

そういった方に教えて頂けるのにご縁を感じましたし、自分の受賞歴なら推薦で大学に入れることも分かり、筑波大を志望するようになりました。

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どんな大学生活を送りましたか。

それまではコンクールで賞を獲るために、足が高く上がるとか、たくさん回転できるといった技術を磨いていたので、大学で初めて創作ダンスの世界に触れて、自分たちでゼロから作品を創ることに面白さを感じましたね。

部活に入ったこともなかったので、仲間と一緒に作品を創ることが楽しくてしょうがなかったです。

2年の初めには前十字靭帯を切ってしまい、完全復帰まで8カ月と言われました。動けない日々が続いた時は皆に迷惑をかけてしまって辛かったですが、まだ完治していない足に器具をつけて舞台に上がった際は、部員皆も器具と同じような模様を足につけて踊ってくれたことも良い思い出です。

それは良いお話ですね。

しかも、作品をご覧になったダンス部顧問の村田芳子先生(当時、筑波大学体育系教授)から「踊れる喜びが体中から滲み出ていた」と褒めて頂いて。自分の中では思い通りに踊れなかった悔しさがあったのですが、その一言で「踊りって技術だけじゃないんだ」と改めて気付かされました。

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平山先生の指導はいかがでしたか。

大学3年の時、北海道教育大学モダンダンス部とのコラボ作品を素子先生が振り付けるという企画があり、その経験がダンスへの考え方をガラッと変えてくれました。

どう変わったのですか?

それまでは求められていることを正確に、動きの完成度を高く表現することを目指していたのですが、指導を受けるうちに同じ振付でも自分の中でどう捉えて実行するかで表現が無限に広がることに気付いたんです。

例えば手を上げる振りを、誰かに差し出すように上げるのか、何かによって手を上げられてしまうのかで見え方や受ける印象は変わってきます。与えられた振付を「どのように」踊るのか、それをダンサーが身体で提案できる事がとても大切で、ダンサー自身がもっと自由な発想を持ってクリエイティブにならなければと思いました。

また、例えば“嬉しい”とひと言で言っても、“嬉しいけど淋しいし切ないし…”というような人間の複雑な感情ってありますよね。
そういった言葉では表現するのが難しい感情や感覚を、ダンスでなら表現・共感できる可能性があること、それを信じられるようになりました。

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ダンスの本質、そして魅力に気付いたのですね。

それからどんどんダンスにのめり込んでいって「もっとダンスを知りたい」「先生方のもとで色んなことを学びたい」と、大学院で舞踊学を学ぶことにしました。大学院に在籍していた時、素子先生が振付・演出した作品で新国立劇場の舞台に立つ機会をいただき、その頃から「大学院を修了した後もダンスでやっていきたい」と考えるようになりました。

踊ることと教えること。
ダンスの普及に力を注ぐ。

大学院修了前にはニューヨークに留学していますね。

大学院を休学し、文化庁在外研修員としてニューヨークに一年間滞在しました。現地では研修先のダンス学校などで毎日踊って、舞台を観賞して。日々新しい出会いがありました。

どんなことを学びましたか?

海外で学んだことは、積極性ですね。ダンス初心者でも、先生のすぐそばの場所を確保してとにかく何かを吸収しようとする姿勢がありましたし、まず踊ることを純粋に楽しんでいました。格好ばかり気にしているのがバカらしくなりましたね。舞台を観に行けば、70歳を過ぎたおばあちゃんのグループがコンテンポラリーダンスを楽しんでいたり、家族や恋人同士がバレエ鑑賞をするなど、日本ではなかなか見られない客層に驚きましたし。

意外な発見だったのは、素敵なダンサーだなと思ったら日本人ということがよくあって。海外に出たからこそ、日本人のダンスの良さに気付けたのは良い収穫でした。

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帰国後は?

論文を書いて大学院を修了しました。千葉県の植草学園大学で非常勤講師として働き始めた頃、北村明子さんという振付家が主宰していたオーディションを受けて、合格。それ以降、今も継続して作品に呼んで頂き、アジアを中心とした海外公演にも帯同しています。現在所属するCo.山田うんに受かったのも大学院を修了して割とすぐだったと思います。

海外での印象深い公演はありますか。

スペインのバスク地方をツアーでまわったり、アジアのダンサーたちと作品を作ることもしています。最近ではオランダの島で野外公演をしました。笛や太鼓を演奏したり、巨大な布を扱ったり、強い風の日も雨の日も、毎日変わる自然と対峙して、とても過酷な公演でしたが、自然の中で表現をする、という経験ができたことがとても印象深いです。
ダンスは国際交流のツールになりえますし、日本のダンスを世界の人に見てもらう機会が多いことはとても嬉しいです。

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非常勤講師として勤められているそうですが、何を教えているのですか

植草学園大学では、前期に保育を学ぶ学生たちに身体表現を教えていて、後期では体育のダンスを教えています。

後期にはもう一か所、帝京科学大学で同じく身体表現を教えています。この授業を専任している大学院時代の同期が私に声をかけてくれたことがきっかけで、3年程前から指導をしています。

お仕事は順調のようですね。

現実的な話をすれば、ダンスと世間一般は切り離されていると感じることは多いですし、日本ではダンス一本で生活していくことは難しいと感じています。
若いダンサーは、ダンスとは別の分野の仕事を持っていたり、ダンスの指導をしながら舞台に立っている人がほとんどです。
もちろん、私は非常勤で教えることもすごく好きですが、朝起きて踊って1日が過ぎて、世界中をツアーでまわるようなダンサー生活への憧れもあります。

世間との垣根をなくすために、どんなことができるでしょうか。

例えば、劇場以外のカフェや野外、企業のパーティーなど、ダンスと身近に接する場を作ることで、今までダンスに触れる機会がなかったような人に「ダンスって面白いかも」と興味を持って頂き、まずは劇場に足を運んで頂きたいです。

他にも、ビジネスマン向けに体を動かすワークショップを開催したり、身体への気づきや他者とのコミュニケーションによって、普段の生活だけでなく、仕事面にも何らかの影響を与えられるような活動ができたら良いなと。今後はそういった機会を増やせるよう色々企画して行こうと思っています。

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この記事を読んでいる学生も、ダンスに触れたことのある人は少ないかもしれません。

時間があればダンスでも、演劇でも、音楽でもスポーツでもいいから、ぜひ生の舞台に触れてもらいたいですね。目の前で生身の身体が表現している姿を見ることで、どのようなジャンルでも絶対に何か感じられるものはあると思うので。……とはいえ、できればダンスを観て欲しいです(笑)

今後の目標を教えて下さい。

これからもダンスと関わっていく仕事がしたいです。ダンサーとして踊り続けることはもちろん、最近は自分で作品を創ることにも興味があります。あとは、ダンスを世間の人に“伝える”こと。実は踊ってみたいって思っている人は結構多いと思うんです。

ニューヨークで色んな世代の方がダンスを楽しんでいたように、その文化が日本にも根付いて欲しい、そのために私ができることを模索してどんどん行動に移していきたいですね。それが私たちダンサーの仕事にも繋がって、広がっていったら素敵だなと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

全部全力でやる。遊びも部活も、恋愛も勉強も全力でやってきたからこそ、「自分にとって大切なもの」が導き出され、進む道が開けていったと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

興味があることは片っ端からやってみて下さい。とにかく行動を起こして、そこで得たものを多くの人、国も越えて様々な分野の人たちと共有して欲しいです。

プロフィール
西山プロフィール
西山友貴(にしやまゆうき)
基本情報
出生年:1985年
血液型:B型
出身地:茨城県つくば市
出身高校:茨城県立牛久栄進高等学校
出身大学:筑波大学
出身大学院:筑波大学大学院 人間総合科学研究科博士前期課程
所属団体、肩書き等
  • フリーランスダンサー(一般社団法人 Co.山田うん 所属)
  • 植草学園大学 非常勤講師
  • 帝京科学大学 非常勤講師
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:舞踊研究室
部活動:ダンス部
住んでいた場所:平砂
行きつけのお店:じぶんかって、プラスワン
プライベート
ニックネーム:ゆうちゃん、ゆうゆ、きんぐ、モダン、ギャング
趣味:舞台鑑賞、絵を描く
特技:書道、高速で動く
好きなマンガ:スラムダンク、らんま1/2
好きなスポーツ:フィギュアスケート
好きな食べ物:蕎麦、麺類全般、いちご、お酒
嫌いな食べ物:貝類
訪れた国:15カ国
大切な習慣:日々の晩酌タイム
口癖は?:確かに〜
座右の銘
  • ケセラセラ

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