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小井土監督が言っていた「現状維持は衰退」という言葉が僕の礎

Sportsperson
2023/03/13
インタビュー
  • 175
日本サッカー協会 テクニカルスタッフ
佐藤孝大
(体育専門学群・2012年入学)

蹴球部でトップ選手の圧倒的な力を見せつけられ、プロになる夢を断念。そんな時、テクニカルスタッフなどでJリーグで活躍した小井土正亮氏が蹴球部の監督に就任し、テクニカルスタッフとしてサッカーに関わるという新たな道を歩むことに。2022年、カタール開催のW杯に帯同して感じたことや、次なる目標とは?

筑波大学時代に共に戦った谷口選手や三笘選手とW杯の舞台で再会。共に日の丸を背負える誇りを感じた

今のお仕事について教えて下さい。

日本サッカー協会でテクニカルスタッフをしています。テクニカルスタッフは対戦相手の分析をしたり、映像を作ったり、自チームのコンセプト映像を作ることで監督やコーチがしようとすることを具現化することが仕事です。

その他、代表チームだけでなく、選手育成や指導者養成の映像作成や資料作成のサポート、世界のトレンドをしっかりと押さえていくための情報収集など、多岐にわたります。

僕の役割としては、まずU-20に帯同している時は、自チームと相手のチームの映像をまとめたり、選手の視察にもいきます。先日カタールで開催されたW杯で日本代表に帯同していた時は自チームの映像作成がメインでした。

映像を作る目的とは?

次の対戦相手に対して、こういう攻撃でいこうと話し合うための材料として映像が必要不可欠だからです。映像を加工し、相手チームのここが空いているというスポットに丸を付けたり、矢印を入れるなどして具体的なシミュレーションができるように準備します。

そのように加工した映像が選手の戦術理解に影響を及ぼすという研究結果も最近発表されていたので、今後はさらに必要になってくる部分だなとも感じています。

自チームの良かったプレーをまとめて、次もこのプレーは使えるよねと選手に良いイメージを持ってもらう目的もあります。

代表チームにテクニカルスタッフは何人いるんですか?

今回のカタールW杯では、僕を含めて4人が現地に行きました。2018年から代表のテクニカルスタッフを務めている寺門大輔さん、中下征樹さんが対戦相手の分析を主にやって、僕と酒井清考さんが自チームの映像加工を担当。テクニカルスタッフ4人は全員、筑波大学もしくは筑波大学大学院出身者です。

その他、他のカテゴリー、女子含めて合計9人の分析スタッフがJFAに在籍していて、日本からもサポートもしてくれました。また、育成年代や指導者養成のサポートなど含めて、小井土(正亮)さんにご協力頂き、筑波の学生さんにも色々とサポートしてもらっています。

オールつくばで代表を支えていたのですね。代表選手でいうと谷口彰悟選手、三笘薫選手は筑波大出身ですね。

はい。学生時代に2学年上の先輩であった谷口選手や蹴球部のコーチ時代に1年生で入学してきた三笘選手とも再会でき、また、スタッフにも筑波のOBが数名いて、筑波のエンブレムを背負って戦ってきた仲間と今度は日の丸をつけてW杯の舞台に挑めるということは非常に光栄に思いました。

サッカー界には筑波大OBが多いのですね。

はい。OBだと知らずに気楽に話していたら、筑波大の先輩だということが分かって「あ、すみません!」ということが月に1回ぐらいありますよ(笑)。

具体的に、W杯の現地でどんなことをされていたのでしょうか?

自チームの映像加工などの他に、寺門さん、中下さんが作成する対戦相手分析に加えて、26人分の対戦相手の各選手のプレー映像を2分ぐらいにまとめることも毎試合やっていました。

試合直前に選手に見せるので、長過ぎないように2分ぐらいで作りますが、もっと長い映像が見たいという選手に対しては3、4分の映像を作って、それをクラウドにあげておきます。試合前にiPadを準備しておいて、選手それぞれがロッカールームでのアップの時に見るという感じですね。

試合の真っ最中はどんなことをしているのですか?

基本的には自チームについて、試合をスタンドから見て、ハーフタイムになったらコーチングスタッフと分析した結果を共有するというサポートをしていました。

それ以外にも、対戦相手の大会直前の試合や選手のコンディションについても情報収集をしていました。
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W杯を終えて、どんな学びや気付きがありましたか?

仕事に追われて日本の状況を把握するのは難しかったのですが、全ての試合が終わって知人に連絡をもらったり、ネットの様子を見て「日本がこんなに盛り上がっていたんだ!」と気付かされました。

今までサッカーを観たことがなかった友人のおじいちゃんも夢中になっていたと耳にして、改めてサッカーが与える影響力を感じましたし、森保監督がいつも話していた「国民の皆さんに元気や勇気を与えられるようにプレーしよう」と。その言葉が現実になった気がして、こんなにも人々に影響を与えられるのはサッカーの良さだと感じました。

具体的に振り返り、初戦でドイツに勝った時のお気持ちは?

トレーニングの時から良い雰囲気があり、勝つ準備がしっかりできていると感じていました。今の日本代表には海外でプレーしている選手が多いので、W杯でも物怖じしません。海外の選手と同じ目線で戦える、そういうレベルに日本代表はなっていると思います。

一方、アンダーカテゴリーのチームが海外にいくと、有名なヨーロッパのチームをリスペクトし過ぎてしまって、ボールを持つことを怖がったりする選手がまだまだいると感じます。

若い選手の方が物怖じしないかと思いきや、実際はそうなんですね。

はい。育成年代から海外遠征含めて、海外の選手との試合経験を積むことが非常に重要だと感じますし、そのような環境が日常になればより良いなと感じます。

クロアチア戦を終えて、ベスト8進出の目標は断たれました。

悔しさで一杯でしたね。勝つために色々と準備をしていたので、もっと何かできたんじゃないかと、反省する気持ちが大きかったです。

例えば、どんなことが反省点として挙げられますか?

例えば最後のPK戦に関して、あらゆる想定をしていたつもりだったんですけど、もっとできることがあったんじゃないか、何が足りなかったんだろう?と。選手への情報の取捨選択、タイミングなど、あげればキリがないですが、そのようなこと含めてしっかりと振り返り、今後の各種大会に活かしていけるようにしたいです。

PK戦の情報共有についてはより難しいように思います。中にはPKを前提に試合をしたくない選手もいるかと。

そうですね。まず今できることとして、PKに対する免疫を付けさせようとU-19の大会で、試合に決着がついていたとしてもPK戦を取り入れるという取り組みを始めています。

実験的ではありますが、この取り組みから何か新しい発見があるといいなと思っています。PKはすぐに蹴らない方が点が入る可能性が高いであるとか、助走の距離が長い方がいいとか。メンタルスポーツなので味方から掛け声をかけてあげて、ボールを蹴る選手の不安を取り除く、など。さまざまな研究結果があるので、それを実践しています。
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将来、日本でW杯が開催されたら、必ずまた代表の力になりたい

チームをサポートする立場として大きな役割を担っている、テクニカルスタッフという仕事に就こうと思ったきっかけを教えて下さい。

大学に入るまでは、プロのサッカー選手になることを目指していました。でも大学でたくさん実力のある選手を目の当たりにして、プロは難しいだろうと。

漠然と将来サッカーに関わっていきたいと思っていたら、3年になったタイミングで小井土(正亮)さんが監督として来られたんですね。小井土さんは筑波大学大学院を修了した後からJリーグのチームでテクニカルスタッフを長らくされていたので、テクニカルスタッフという仕事を知るきっかけになりました。

その後、どのような経緯でテクニカルスタッフになったのですか?

大学院で指導者の勉強をしようと思っていたんですけど、落ちてしまって(笑)。研究生という立場で残らせて頂きながら、蹴球部のコーチを務めることになりました。

そのかたわらS級ライセンスの補助学生としてサポートをしていた流れで、日本サッカー協会から声をかけて頂き、次の年に日本サッカー協会に入社しました。

その間、分析の勉強をしていたのですか?

小井土さんの下でコーチをしていたので、小井土さんから分析に関して教えて頂いたのはもちろんですが、それ以上に指導者として、1人の人間としての心構えを教えて頂きました。

チームの一員として、チームが一丸となって向かうために自分は何ができるか、何が求められているかを観察することが大事だと常日頃言われていましたし、小井土さんの背中を見てそのことが学べたからこそ、今の立場に就かせて頂くことができたと思います。

具体的に、どんなことを実践していますか?

例えば監督が求めていることを先読みして準備すること、引き出しをたくさん準備して、必要なタイミングで出せるようにしておくこと。

もし監督と意見が違っていたとしても、チームのために、自分の思っていることを言わないといけないので、そのために日頃からしっかりとコミュニケーションをとって信頼してもらうことを心がけています。

全てはチームのため。

小井土さんがよくおっしゃっていた「現状維持は衰退」という言葉が僕の礎となっていて、チームのことを考えるのはもちろんですが、常に自分自身をより良くするために、何ができるかを考えています。

では大学時代を振り返って、どんな大学生活でしたか?

ひたすらサッカーに没頭していましたね。トップチームでやるのが夢で、あの輝かしいトップチームを見て入学したので、絶対トップチームに関わっていきたいという一心で、暇さえあればボールを蹴って、練習に時間を費やしていました。
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努力は実ったのでしょうか?

(片岡)爽さんたちが4年で、僕が3年の時にトップチームの控えに入ることができましたが、ひたすらベンチに座っていました(笑)

4年で活躍したいと思っていたら前十字じん帯をケガして選手を諦めることに。あのケガがあったからこそ、この仕事に就いていると思います。

印象に残っている出来事は?

同級生の(早川)史哉(つくばウェイvol.143で紹介)がJリーグで活躍するようになった頃、白血病になったと連絡が来て、あの元気だった史哉がどんどん弱っていく姿を目の当たりにしました。

あの時、自分自身を見つめ直すきっかけにもなりましたし、病を乗り越えて今また元気にアルビレックス新潟でプレーをしている史哉を見ていると、「自分はこのままでいいのか」「恵まれた環境にいるからこそ、もっと挑戦できることがあるんじゃないか」と、上を目指すマインドが持てていて。
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どんなことに挑戦しようと?

代表選手があれだけ海外に出ていって、海外の選手と対等な目線で戦えるようになっている、その姿を見て「僕も世界が見たい」と思うようになりました。

将来的には、2050年までに日本でW杯開催を実現すると日本サッカー協会が目標を掲げているので、そのW杯が開催される時に、僕ももっと力をつけて日本代表に関わっていたい。

そのために近い将来、海外にいくというビジョンを持っています。

そのために、何か準備や努力はしていますか?

ここ数年、英語の勉強をしていて、英語ならコミュニケーションがとれるぐらいにはなりました。

安定よりも、挑戦することを選ぶのですね。

はい。親は教員だったので、僕も安定を求める人生になるのかなと思っていたんですけど、蓋を開けてみたら、親とは真逆のひたすらリスクを取り続ける生活になりましたね(笑)。

両親にはたくさんの負担や心配をかけてきましたが、カタールにいけたことをすごく喜んでくれていたので、また家族を喜ばせて恩返しができるように、今後もひたすらチャレンジしていきたいと思います。
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あなたの“つくばウェイ”とは?

蹴球部は部員全員が蹴球部をより良くするために何かできないかと考えている組織でした。「日本サッカー界をけん引する」――そんな志を持った集団の中で切磋琢磨することができましたし、今現在も「自分を向上させなければ」という感覚が持てているのは、筑波大にいったからこそだと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

筑波大での生活を全力で楽しんで、成し遂げたいことを見つけて下さい。筑波大で過ごした生活や友人が大きな力となり、未来や将来につながっていくと思います。

プロフィール
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佐藤孝大(さとうたかひろ)
体育専門学群出身。プロサッカー選手を目指し練習に励む中、恩師である小井土正亮氏との出会いをきっかけにテクニカルスタッフとしてサッカーの最前線に関わっていくことを決意。筑波大学卒業後は日本サッカー協会に所属し、アンダーカテゴリーで経験を積んだのち、東京オリンピックベスト4や先日行われたカタールワールドカップベスト16入りにも貢献した。公財スポーツ協会若手指導者奨励賞も受賞し、今後は世界を見据えて日本のサッカー界を牽引していく。
基本情報
所属:日本サッカー協会
役職:テクニカルスタッフ
出生年:1992
血液型:A
出身地:茨城県ひたちなか市
出身高校:水戸桜ノ牧高校
出身大学:筑波大学
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:トレーニング学コーチング論 谷川研究室
部活動:蹴球部
住んでいた場所:天久保3丁目
行きつけのお店:プリムローズ
プライベート
ニックネーム:タカ
趣味:コーヒー
尊敬する人:小井土さん
年間読書数:20〜30
心に残った本:エディージョーンズ ハードワーク
好きなスポーツ:サッカー
好きな食べ物:和菓子
訪れた国:21
大切な習慣:風呂に入って疲れを取る
座右の銘
  • 変えるにはリスクが伴う。変えなければもっと大きなリスクが伴う。

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