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スポーツダイレクターとして、FC東京のトップチーム選手をサポート。サッカーの力で東京の子供たちの可能性を広げたい

Sportsperson
2026/03/16
インタビュー
  • 195
東京フットボールクラブ株式会社(FC東京)スポーツダイレクター
遠山 大貴
(体育専門学群・2008年入学)

「サッカー界に恩返しがしたい」という想いから、大学卒業後、Jリーグクラブに新卒で入社した。現在はスポーツダイレクターとして、J1トップチームを支える。「経験が無いことを言い訳にせず、自ら学びにいくことが大事」との言葉に裏打ちされた、学生時代の経験とは。

コロナ渦を経て「サッカーはお客さんあってのものだ」と実感

お仕事について教えて下さい。

FC東京の強化部で、スポーツダイレクターをやっています。主にトップチームのマネジメントが中心で、スタッフや選手の編成や評価、日常のコミュニケーション、遠征の運営の管理などを担当。強化部としては、今年で12年目になります。

ゼネラルマネージャー(GM)とはどう違うのでしょうか。

FC東京でいうと、ゼネラルマネージャーはトップチームとアカデミーの両方を統括し、クラブの経営にも関わっています。僕の管轄はトップチームだけで、GMと二人三脚でやっているという感じです。

普段のスケジュールを教えて下さい。

平日の午前中はチームの練習を見て、午後からデスクワークやミーティングが中心です。練習を毎日見るべきかどうか議論の余地はありますがが、選手の様子を見ているからこそ変化に気付けるので、大事なことだと思っています。

週末はチームの試合に帯同したり、スカウティングのために色んな試合を観戦。月曜日が休みというスケジュールです。

今の仕事をやるに至ったきっかけは?

新卒で入社し、最初は普及部と育成部で働きながら「いつか強化部に携わりたい」と上司に伝えていました。そして4年目に強化部に異動。やりがいを感じて働いていましたが、社内の労務管理の観点から、他の部署に異動するか、外部委託契約にするかの二択を迫られ、人生の岐路に立たされました。

しかし、「強化の仕事を続けたい」という気持ちが強かったので退社という形をとり、外部委託契約に切り替えて、今の役職に。それが34歳、一昨年のことです。

若くして責任のあるポジションに就いたのですね。

他のクラブさんだと、この役割はプロ選手としての経験がある方や、経験値のある年齢の方がやっています。でも、僕はプロ経験がありません。

これまで皆さんの力をお借りしながら、チームやクラブのために一生懸命やってきたことで、今はやりがいを感じていますし、日々楽しいので幸せです。

強化部で12年目とのことですが、どんな能力が必要とされているのでしょうか。

この仕事は監督やコーチ、選手やマネージャーはもちろん、育成スタッフやビジネススタッフなど色んな方々と関わるので、コミュニケーションを取る力が必要とされます。

それを教えてくれたのは、12年前にFC東京のGMで上司だった立石敬之さん(現 ベルギー1部リーグ、シント・トロイデンCEO)です。当時、25歳で右も左も分からない僕の意見を聞いてくれて、「どうして僕なんかの意見を求めるんだろう?」と不思議に思いながらも、「自分だったらどうするだろうか」と考える機会を、たくさん与えて下さいました。
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上司が若手にアドバイスを求めることは、あまり無いような。

あとあと立石さんに聞いたのですが、「人を育てることを常に意識しているからだ」と、おっしゃっていて、そうだったのかと。

立石さんの下で働いた経験を通して、先のことを見据えて考える力がついたと思いますし、”強化部のイロハ”をすべて教えてもらったと思います。

これまで、特に印象深かった経験は?

近いところでいうと、コロナ渦ですね。先行きが見えない中で、チームをどう守るかを仲間と必死に考え抜き、無観客で試合が始まりましたが、お客さんがいない閑散とした中での試合を見て虚無感を感じました。

その後、観客を入れられるようになって、ファンやサポーターの声援を聞いたときは、心の底から「やっぱり、サッカーはお客さんあってのものだ」と実感しましたね。僕らが何のためにやっているかというと、やっぱりファンやサポーターのためだし、皆さんに熱狂を届けたいと、改めて感じた出来事でした。

無観客だと、チケット収益がなくなります。あの時期をどう乗り越えたのでしょう?

海外だと選手への報酬をカットする事例も聞き、うちの選手を交えて「僕らはどうあるべきか」と、たくさん議論をしました。そして僕たちが出した答えは「観客が戻って来たときに、何か役に立てることをしよう」と。

そういうマインドを共有し合って、切り詰めるところは切り詰め、結果としては育成の若手からトップ選手まで、報酬をカットせずに乗り切りました。

そういった経験を含め、仕事において大切にしていることは?

やる前からできないと思い込むのが嫌いなので、「やって見ないと分からない」という気持ちを持つようにしています。

それと、謙虚にひたむきに。誰かに媚びたり忖度せず、「クラブのために」ということを判断の軸にすることを意識しています。

多岐渡るお仕事。その中で苦労を感じる点は?

選手に契約満了を言い渡すとき、これが一番苦しい瞬間です。特に中学生の、アカデミーの頃からずっと見ている選手の場合、より一層「なんとかできないだろうか」と、感情が揺れ動きます。

「クラブのために」というのは最優先にしつつも、その選手のこれまでの活躍や努力にリスペクトを持って対峙しようと。そういう気持ちを心がけています。

この記事を読んでいる学生で、スポーツ業界やJリーグクラブで働きたい、スポーツダイレクターになりたい人は今からどう準備すべきか。アドバイスを教えて下さい。

英語と、もう1か国語ができれば大きな武器になると思います。今の時代、語学ができなくてもAIでなんとかなると思われがちですが、僕自身、英語の契約書を作ることもありますが、やっぱり喋れないことで機会損失があると感じています。

だから、今からでも遅くないと、オンラインの英語コーチングスクールに加入しました。担当コーチが付いてくれて、毎日勉強するようにしています。

語学の習得が必要不可欠。そして目標があるなら、何歳から始めても遅くはないということですね。

はい。語学もそうですが、最初から「できない」とか「自分はこうだから」と決めつけないで、チャレンジしてみることも大事だと思います。

たとえば、「新卒でクラブに入ったほうが良いのか。中途で入るのが良いのか」という議論に関して、僕が学生だった頃は「新卒より、他で力をつけて中途で入ったほうが良い」と、よく言われていました。

たしかに、よく耳にする話ですね。

でも僕は、新卒でFC東京に入社しています。大学時代、僕が将来、こういう仕事をしているとは、周りの誰一人として想像していなかったと思います。

僕の経験から言えるのは、頭で考えすぎず、チャンスが目の前にやってきたら、怖がらずに飛び込むこと。飛び込んでしまえば、あとは自分次第でどうにかしていけばいいんです。

自分の経験の無さを言い訳にしないで、自分から学びにいく、得たいものを得にいく、人間関係を作りにいく。そういう“自分から飛び込む勇気”が大切かもしれないですね。
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学連も部活も、最後までやり切る

サッカーに関わるようになったきっかけは?

小さい頃から、野球経験者の父と一緒に公園で野球やサッカーなど、外遊びをすることが多かったんですね。体を動かすことが好きだったので、幼稚園のサッカー教室に参加して、小学生のときに少年団に入団。そこから大学を卒業するまでサッカーを続けました。

なぜ筑波大に進学しようと思ったのですか。

高校時代、「大学でもサッカーを続けたい。かつトップ集団に入りたい」と思っていたときに、サッカー部の先生に筑波大を薦められました。でも、サッカーの推薦でいける実力はなく、担任との面談では、勉強面でも「お前じゃ筑波大は無理だ」って言われて。そこで「絶対いってやる!」と、火がつきました。

どんなことを実践したのですか?

朝と放課後の時間を勉強に充てるため、スクールバスで通うのをやめて、自転車で1時間かけて学校に通いました。朝は、みんなが学校に来る前から勉強とサッカーの自主練をして、夕方の部活が終わったあとも、門が閉まるまで勉強と自主練。

ストイックにやった結果、一般入試で筑波大に合格することができました。「努力をしたら報われる」という、その成功体験は大きいです。

体育専門学群の実技試験では、第一種目にサッカー、第二種目は砲丸投げをしたことを、今でも覚えています。

砲丸投げですか⁉

中学のときはクラブチームでサッカーをしながら、学校の陸上部にも入っていたんです。そのときの先生が、走ることだけじゃなくて技術が求められるハードルや砲丸、高跳びにも挑戦させてくれて。僕はハードルが得意でしたが、体専の実技では第二種目でハードルが選べなかったので、砲丸投げにしました。それが悪くなかったようで、無事に合格しました。

なぜ陸上部に入ろうと?

足が速くなったら、サッカーに生かせるかなと思って。

今は、スプリントコーチをつけるチームもあるぐらい、サッカーで走りは大事ですよね。

そうですね。でも自分は早熟だったので、結局、足の速い選手に埋もれていき、高校生の時にはもう優位性はなくなりましたね。(笑)

大学時代で印象深い出来事は?

最初のフレッシュマンコースは忘れられません。蹴球部にはフレッシュマンコースと呼ばれる新入生が正式な部員になることを認められるための新人研修期間が2~3か月くらいあるのですが、この期間に仲間との連帯感が生まれましたし、最後に筑波山を登った達成感はかけがえのないものです。

蹴球部の仲間だけでなく、他の競技にも尊敬できる仲間がたくさんいて、「自分も頑張らなきゃ」と思えましたし、逆に「自分よりこんなにうまいやつが、こんなに努力しているんだから勝てない」と痛感させられて。

「じゃあ、自分はどうやって部に貢献していこうか」と考えるきっかけになりました。そういう仲間に出会えたことは大きかったです。

刺激し合える仲間に出会えたのですね。

はい。それと、僕が1年のときに風間(八宏)さん(現 南葛SC監督兼テクニカルダイレクター)がトップチームの監督になられたタイミングで、2年目から僕たち下のチームは院生コーチの制度がなくなり、自分たちで練習メニューや試合に出るメンバーも決めることになったんですね。

みんな自分が試合に出たい!という中で、普通なら1年生や2年生は先輩に意見を言いずらいのですが、先輩方がとてもいい人たちで、下の意見も聞いてくれて。建設的にミーティングをすることで、みんなでひとつの組織を作ることをできましたし、自主性も身についたと思います。
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(上段右から3番目が遠山大貴さん)

大学時代にやって良かったことは?

学連ですね。もともと、積極的にやりたかったわけじゃないんですけど、2年生から学連のメンバーを出すという話し合いのときに誰も立候補せず、投票をした結果、僕に票が集まって。

よく言えば、だらしない奴をいかせるより、ちゃんとしている奴をいかせたほうがいいと思われたのかもしれないし、トップチームからはほど遠い立ち位置だったので、「あいつにやらせよう」ってこともあったのかもしれません(笑)。

それでも今振り返って、やって良かったと?

サッカーがしたくて筑波大に入ったので最初は複雑でしたけど、自分がどうやって部に貢献できるか考えたときに、学連の中で活躍することで筑波大の評価を上がられるんじゃないかと。そう考えが変わりましたし、学連をやりながらでも、チームが上がっていけばカッコイイかなって。結果的に4年次には学連で幹事長という学生の代表をやらせてもらい、様々な経験ができました。

学連ではどんなことを?

一番印象に残っているのは、“3万人動員プロジェクト”です。僕たちの代は、国立競技場改修前の最後のインカレだったので、3万人を動員しようという目標を掲げたんです。

結果は1万4千人ちょっとでしたが、色んな人に協力を仰ぎながら、過去最多、動員することができました。

それはすごいですね。

自分でも、やり切ったと思います。各都道府県の学連に話しにいったり、蹴球部のみんなにも協力してもらって色んな人を巻き込みながら成し遂げたので、達成感がありました。

結果、学連をやって良かったと。

自分のできる範囲ではありますが、学連も部活も、必死に追い求めてやり切りましたし、大学の外にも仲間や色んなつながりができました。

FC東京に入社したあと、誘ってくださった部長と話す機会があって、僕を採用したのは「学連も部活も、最後までやり切ったことを評価した」と言われたときは嬉しかったです。

では、今後のビジョンを教えて下さい。

まずはFC東京はJ1リーグ優勝をしたことがないので、それを成し遂げたい。なぜなら、東京にあるクラブが優勝することで、周囲や内部が変わる可能性を感じているからです。

もしかしたら、都内にサッカー専用のスタジアムができるかもしれないし、東京の子供たちがもっとサッカーに興味を持って、プロ選手を目指せる環境になるかもしれない。そうすれば、サッカーが日本の文化として根付くかもしれません。

FC東京は、3年連続でJリーグ最優秀育成クラブ賞を受賞していますね。

サッカーを通じて、子どもたちの可能性を広げながら育成をすることで、サッカー界に限らずどこにいっても「FC東京の選手は素晴らしい」と言われるような、そういう環境づくりをしていきたいです。

僕個人のことを言えば、1年契約で、1年1年が勝負なので自分がチームに必要とされる人間にならないといけません。厳しい世界ですけど、常にワクワク、ドキドキがあって毎日が充実しています。

では最後に、人生で成し遂げたいことはありますか。

日本のW杯優勝を見ること。そこに自分が関われるかは分かりませんが、僕が関わった選手たちがそれを実現してくれる可能性はゼロではありません。
自分はサッカーを通して、たくさんの出会いや学びを得て今がありますので、少しでもサッカー界に恩返しをしたいですね。

プライベートでいうと、週末に家族と過ごす時間が少ないので、ライフワークバランスを整えたいですね。定年退職してから妻と旅行三昧するのが夢なので、それを叶えたいです。

素敵な夢ですね。

今は年末年始でさえ、常にパソコンを持って何かあったらすぐに対応しているのが現状で。僕の場合は、やりがいが上回っているのでいいんですけど、今後は、サッカークラブで働くことが子供たちにとって憧れになるように、働き方や仕組みを変えていきたいです。

あなたの“つくばウェイ”とは?

自分次第で可能性は開ける。特に筑波大は、自分次第でいくらでも色んなものを吸収できる、得られる環境だと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

自分自身で今後のキャリアや、競技人生の可能性を広げることができるので、自分で自分の天井を決めないこと。かつ、学生時代の時間は限られているし、あっという間なので、自分の目指すものに対してやり切って下さい。そうすることで、その先の道がおのずと開けてくると思います。
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プロフィール
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遠山 大貴(とおやま だいき)
1989年、埼玉県出身。幼少期からサッカーに親しみ、筑波大学では蹴球部と関東大学サッカー連盟の活動に打ち込みながら、組織運営や人を巻き込む力を培う。大学卒業後はFC東京に入社し、普及・育成部門を経て強化部へ。監督や選手、スタッフと密に関わりながらトップチームの編成やマネジメントを担い、現在はスポーツダイレクターとしてチーム強化の中核を担っている。コロナ禍で無観客試合を経験したことをきっかけに、サッカーはファンやサポーターの存在によって成り立つものだと改めて実感。リーグ優勝を目標にクラブの発展に尽力するとともに、サッカーの力で東京の子どもたちの可能性を広げ、未来の日本サッカーにつながる環境づくりを目指している。
基本情報
所属:東京フットボールクラブ株式会社(FC東京)
役職:スポーツダイレクター
出生年:1989年
血液型:A型
出身地:埼玉県上尾市
出身高校:川越東高校
出身大学:筑波大学
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:スポーツ社会学研究室
部活動:蹴球部
住んでいた場所:春日三丁目
行きつけのお店:まんぷくや、夢屋、プリムローズ
プライベート
ニックネーム:だいき
趣味:ランニング、写真、カフェでケーキを食べる
尊敬する人:立石敬之、長澤徹
年間読書数:25冊程度
心に残った本:夢追いかけて(河合純一著)
心に残った映画:はじまりのうた、マイインターン
好きなマンガ:キャプテン翼(高橋陽一著)、スラムダンク(井上雄彦著)、ワールドトリガー(葦原大介著)
好きなスポーツ:サッカー、バスケ、陸上
好きな食べ物:寿司、トマト、スイーツ全般
嫌いな食べ物:全くない
訪れた国:8か国(イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、オーストリア、韓国、タイ、アメリカ)
大切な習慣:時間を無駄にしない、懸垂
口癖は?:唯一正しい解はない、やってみないと分からない
座右の銘
  • 夢追いかけて(心に残った本より)

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