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フィリピンで集中的に英語が学べる環境を

Entrepreneur
2016/11/07
インタビュー
  • 56
サウスピーク 代表取締役
丸山 要平
(国際総合学類 2005年入学)

せっかくの語学留学が“遊学”にとどまってしまっている人が多い、海外留学の現状。丸山要平さんは自身の経験を通して、これまでの語学留学のイメージとは全く違う環境を提供し、フィリピンで短期集中型の語学学校を運営している。「海で遊びたい」「国際交流したい」という人はウチに適さないと明言。1にも2にも英語の勉強というストイックな方針が、意外にも日本人に受けているというが、その実情とは?

筑波大で留学生に触れて、壁が取っ払われた

筑波大を目指した理由とは?

高校の時はほとんど勉強せず、出身が関西だったこともあって漠然と「お笑い番組を作りたい」と、卒業後は放送関係の専門学校に進みました。そこを1年で中退して、次の年から予備校で2年間勉強。その間、現代文の対策として授業で使っていた『日本の論点』という本を読んだことで、国際社会について興味を持つようになりました。それで行きついたのが、筑波大の国際総合学類です。概要を読むと授業の3分の1は英語で行われると書いてあって、当時の僕は英語が喋れませんでしたけど、受験勉強でやっている中では英語は得意なほうだったので大丈夫だろうと。

筑波に入ってみて、いかがでしたか。

学部には普通の学生として大学に通っている外国人がいて、ペルー、フランス、ルーマニアや中国などから留学している人と触れ合う機会を持つことができました。日本人の学生でも、ボランティアなど海外経験が豊富な人や帰国子女が多かったですね。僕はチューターという外国人をサポートする役割を担って、ペルー人の友達と1年間共同生活をしたり。授業以外でも外国人と接する機会が多かったです。

大学時代の一番の思い出は?

大学3年生が終わって、1年間休学したことですね。周りの皆は海外経験もあって英語が喋れる人ばかりなのに、僕は全然海外に行ってもいないし英語も喋れない。せっかく国際総合学類に来たのにそれはもったいないと思って、ワーキングホリデーのビザを取ってニュージーランドに行くことにしたんです。

ニュージーランド南のマールボロ地方に滞在して、リゾートホテルで働いたり、ワインを作るためのぶどう狩りを手伝ったり。2か月ぐらい働きましたが、僕が想像していたのと違って英語を喋る機会がほとんどなく、このままじゃ英語が喋れるようにならないと危機感を抱いていた時に、フィリピンで語学留学をしたことのある日本人に出会ったんですね。その人に「韓国人がフィリピンでたくさんの語学学校を運営していて、しかもニュージーランドより格安で語学が勉強できる」と聞いて面白そうだなと。

それでフィリピンに?

はい。ワーホリを切り替えてフィリピンに留学することにしました。英語学習、食費、宿泊費がついて当時は月10万円ぐらいで、これは今、私が運営している事業のモデルになったものですが、当時は生徒が韓国人だけで99%、残りは日本人と台湾人といった感じで。まだ日本人にとって、フィリピン留学というのはなじみのあるものではありませんでした。

語学力は上がりましたか?

1か月半みっちりマンツーマンでレッスンをすると、日常会話ができるぐらいまで上達しましたね。その後、日本で就職活動をしようかと思ったんですけど、フィリピンで生活することが楽しくなったので、「もっとフィリピンを深く知ろう」と友達のフィリピン人に頼んで、田舎のほうで住めるところを探してもらいました。約2か月、セブ島の田舎に滞在しながら、山でバナナを採って町で魚と物々交換するといった生活を送って、フィリピンにはトータル4か月滞在しました。

日本人留学生が多くなかった時代に、フィリピンに行く不安はなかったですか?

思いついたら即行動という性格なので、「月10万円で英語が勉強できる!」と即断でしたね(笑)。それに、筑波大でフィリピンからの留学生や、その他にも色んな外国人と接していたので外国に対する偏見や壁は取っ払われていたように思います。あと発展途上国に行ってみたいという好奇心もありましたね。

日本に帰国後、就職活動をされたそうですが。

フィリピンでの生活が刺激的で自分の中ではテンションが高いままなのに、いきなり日本で就職活動となると戸惑いました。フィリピンはまだ整備されていない国ですけど、人々の活気があるので、その中で揉まれていることが楽しくて。ああいった雰囲気の中で仕事ができないものかと考えながらも、日本で就職活動をして何とか内定をもらいました。

ところが就職をせず、フィリピンへ。

昔からアルバイトなど働くことが大好きで、だいたいリーダーになって色々任される立場だったんですけど、「日本の中小企業で、僕はどんな仕事をするんだろう」と考えてもイメージが湧かなくて。就職は決まったけれど、何か自分が夢中になれることができないかと卒業目前に考えていた時、たまたまウェブで「フィリピンの講師を使ったオンライン英会話が流行っている」という記事を読んだんですね。

大学に入ってスカイプが出始めた頃、オンライン英会話がスタートしたばかりでまだ整備が整っていないイメージでしたが、何年か経ってきちんとした会社組織になっているなという印象を持ちました。

それが事業を始めるインスピレーションに?

そうですね。僕は文系出身でたいした技術は持っていないけど、現地で講師を調達してスカイプでつなぐだけならできるんじゃないかと。フィリピンには人口がたくさんいて、英語も上手な人が多くて日本との時差は1時間。しかも賃金が安い、なんていうところは世界中探しても他にはないと思って、ウェブのプログラミングができる友人に「もし僕が内定を蹴ったら、一緒に事業をやる?」と話したら、「やろう」と。計画はざっくりとしたものでしたが、一度フィリピンに住んでいたので事業に関してのイメージは湧き易かったです。

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それから起業までの流れを教えて下さい。

大学を卒業して、一度地元に帰って友達とサイトの詳細を決めてから、2010年5月にフィリピンでオフィスを契約。「ラングリッチ」という会社を立ち上げました。お金は親にお願いして300万円を借りましたが、3年後には返金できました。

軌道に乗るまではスムーズでしたか?

いえ、とりあえず会社は作りましたけど、「会社を作ればお客さんは来る」という甘い発想で宣伝も何もしなかったので、当然お客さんが来なくて(笑)。そこで「Chikirinの日記(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/)」という有名なブログにお願いして、幸運にも会社を紹介していただけることになりました。それがきっかけで集客ができるようになって、会社の立ち上げから半年後ぐらいにはウェブで広告が出せるように。一気に生徒数が増えて、スタートから2周年のパーティには講師と生徒を合わせて約200人が集まる規模になりました。

TOEIC200点だった生徒がシンガポールで就職

その後、2013年から現在まで運営している「サウスピーク」を設立しました。

ラングリッチは社員も増えて成長していましたが2012年11月、僕自身の責任で会社を辞めることになりました。株式を譲渡し、その半年後に「サウスピーク」を立ち上げました。

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サウスピークでは、どんな事業を?

今度はオンライン英会話ではなく、「フィリピンで語学留学をしよう」という趣旨で日本からの生徒さんを中心に留学サービスを提供しています。

立ち上げ当初は古い屋敷を改修し、生徒数は30人ぐらいの小さい規模でしたけど、生徒さんの成果が出るにしたがって口コミで広がって、現在は当時の7倍ぐらいの規模になりました。日本にある自動車免許の合宿のようなイメージで、寝泊りしながらみっちりマンツーマンで英語のレッスンが受けられて、自習勉強もできる施設を完備しています。

僕がフィリピン留学をした時と同じように、価格の安さも日本の皆さんに喜ばれている理由の1つだと思います。

他の語学学校との違いはありますか?

いわゆる語学留学の場合、英語学習だけでなく「海で遊びたい」「国際交流したい」といったニーズにも応えて、どちらかというと遊びが中心になってしまいがちですが、サウスピークは「本気留学」というコンセプトを掲げ、「ともかく英語力をあげたい」という人に顧客を絞っています。具体的には「3ヶ月でTOEICが200点上がる」という明示的な数字の追求と「マンツーマンレッスンで英会話力を磨く」というフィリピンだからこそできるカリキュラムを提供しています。真剣に勉強する人のみが来るので、合宿のような雰囲気で集中的に英語を学んでもらう環境を作り出しています。

今流行りのライザップ方式のような。

そういう要素はあるかもしれません(笑)。個人的に思うのは、先ほどお話ししたように僕は高校でほとんど勉強していなかったのに、2年間の予備校で猛勉強したこと、そこで国際関係のことに興味を持って筑波大に入ったことで、自分に自信が持てるようになった実感があるんですね。それと、ニュージーランドでは身につかなかった英語力が、1か月半のフィリピン留学で一気に上達した経験も大きいです。

そんな経験を通して、生徒さんには「TOEICの点数を上げたい」「外資系の企業に就職したい」という目的を達成してもらうこともそうですが、英語の勉強で得られる“自信”や“学ぶ姿勢”を身につけてもらうことが、人生において大きいことなんじゃないかと考えています。

やりがいを感じるのはどんな時ですか?

やはり、生徒さんが目標を達成していく姿を見る時ですね。例えばこんな生徒さんがいました。いわゆる有名ではない大学を卒業して就職が決まらなかった生徒さんは、サウスピークに来た当初、be動詞もよく分からないといったレベルでTOEICは200点でしたが、最終的に700点がとれるようになって英語も喋れるようになりました。今では、その生徒さんは、シンガポールで外資系企業に勤務していて、部下が15人もいます。業務も全部英語でやっていると聞くと、「僕たちのやり方は間違っていなかったんだ」と確信できます。

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それは良いお話しですね。

しかも英語学習って、大人になってからも達成感が得られる数少ないことの1つなんですよ。子供の頃ならスポーツで全国大会にいって自信が得られたりしますけど、大人になってそういう機会はなかなか作れない。英語ならTOEICなど目標設定がしやすく、達成感を得やすい。しかも、社会から必要とされているので、頑張って勉強すれば、外資系企業に転職できたり、企業内の昇進を勝ち取たりもできます。そこまでいかなくても、英語が話せれば、海外旅行を楽しめるようになったり、外国人と臆することなく会話ができるようになる。そうなれば自信につながりませんか?そういった目に見える成果が得られるのが英語学習の良さだと思います。

個人的には、フィリピンでネイティブの英語が修得できるのかと不安を抱く生徒さんもいるのではないかと。

うちでは現地の大学を卒業しているフィリピン人を講師に採用していて、彼らはとてもきれいな英語を話すので、普通に日常会話ができる英語力を身につけたい日本人に問題ないレベルだと思います。

それに、多くの日本人の需要として、海外に支社ができるから英語力が必要だとか、エンジニアだったら新しい仕様書が全部英語で送られてくるとか、ベトナム人を使って仕事をしなきゃいけないからEメールが書けるようになりたいなど。そういった需要に対応する英語力を修得するのはサウスピークで十分ですし、日本人は発音がネイティブではないと、と気にされる方が少なくないのですが、多少訛りのあるフィリピン人やインド人でも、アメリカの一流企業でバリバリ働いていますからね。

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そもそも、丸山さんが「英語を使って活躍する人を増やしたい」と願うのは、なぜでしょう?

僕個人の意見として、日本にいて損をしている人、能力を活かしきれていない人ってたくさんいると思うんです。例えば環境が合わないとか、僕がそうだったように日本で自分の能力をどう活かせばいいか分からないとか。そういう人たちが英語できるようになれば、もっと可能性や選択肢が広がって、アメリカでもフィリピンでもマレーシアでも働けるチャンスが作れますよね。

日本で働いている人の中にも、英語ができれば海外に物を売ったりできるようになります。英語ができないというだけで、自分自身の可能性を狭めてしまうなら「英語ができたほうが得です!」と、日本の皆さんにお伝えしたいです。

今後の展開をどう考えていますか?

サウスピークで学んでTOEICの点数が200点以上伸びた生徒さんや、その後、海外の大学や大学院、または海外で英語が必要な環境で働いている生徒さんを「サウスピーク・レジェンド」として表彰しているのですが、開校から現在までの約3年間で250名に到達しています。今後は1000名を目指して、質を維持しながら集客に力を入れていきたいです。

では、今改めて筑波大に行って良かったと思うことは?

今にして思えば、総合大学で多様性がある環境に身を置けたのは非常に良い経験だったなと。特にうちの学部には留学生がいて、海外の情報や文化に触れる機会が多かったので、1年休学してニュージーランドに行く決断ができたし、その後、突発的にフィリピンに移ることもできたのだと思います。
学部にも多様性があることが筑波大学の魅力の1つです。例えば、今の時代、プログラマーと一緒に働くことが必須だと思います。大学時代に理科系の学部の人と触れ合っていたことで、彼らがどういったことを好むかなどが感覚的につかめるようになったと思います。

どのようにして他学群の学生と知り合ったのですか?

大学内で募集していた「富士山八合目にある山小屋でのアルバイト」を夏休み中に経験したことで、生物や人文、体育など色んな学部の友達と知り合いました。

そういった多様性のある環境に自ら進んだことで、社会になった時に役立つ経験を学生のうちから学べたと思うと、筑波大に行って非常に良かったと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

「多様性」です。学生だけじゃなく体育の先生が金メダリストだったり、芸術分野にもすごい教授がいて、しかも、自分のやりたいことを自由にできる。それが筑波大の良さだと思います。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

大学生のうちに発展途上国を見ておくといいかもしれません。それと、英語の勉強は絶対に損がないので、ぜひサウスピークに来て欲しいですね。

プロフィール
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丸山 要平(まるやまようへい)
1984年生まれ、兵庫県明石市出身。兵庫県立明石南高校を卒業後、コンテンツ制作関係の専門学校に進学するが、国際関係への進路を目指し直し、2005年筑波大学第三学群国際総合学類へ入学する。大学3年時には、休学してニュージーランド、オーストラリア、フィリピンへ留学。卒業後の2010年に、フィリピンでオンライン英会話サービス(Langrich)を創業。2013年には語学学校サウスピークを創業し、代表に就任する。3ヶ月でTOEICが「平均」200点上がる語学学校として、多くの留学希望者から注目を集めている。 サウスピーク 公式HP http://souspeak.com/
基本情報
所属:サウスピーク 
役職:代表取締役
出生年:1984年
血液型:A型
出身地:兵庫県明石市
出身高校:兵庫県立明石南高校
出身大学:筑波大学国際総合学類
筑波関連
学部:国際総合学類
研究室:白川研究室『川と人』ゼミ
住んでいた場所:天久保二丁目、要
行きつけのお店:とんQ
プライベート
趣味:ビジネスのネタを考えること
尊敬する人:イチロー、川上量生、エドマンドバーク、吉田茂、マニーパッキャオ
年間読書数:約30冊
心に残った本:セロ・トゥ・ワン、資本主義と自由、ファスト&スロー
心に残った映画:ミリオンダラー・ベイビー
好きなマンガ:西原理恵子
好きなスポーツ:野球、相撲、テニス
好きな食べ物:魚介類
訪れた国:14カ国
大切な習慣:好奇心を大切にする(興味を持ったら調べたり、買ったり、体験したりする)。若者と話すときは真剣に話す。

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