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杉山さんスライダー

学生結婚をして3児の母に。それでも大好きなダンスを続けたい

Entrepreneur
2018/03/05
インタビュー
  • 100
STEP☆UP Dance School主宰
杉山 さつき
(体育専門学群 2004年入学)

ダンスに身を投じている人なら誰もが知る、通称・神戸こと全日本・高校大学ダンスフェスティバルで高校3年生の時に第二位。鳴り物入りで筑波大に入学したが、他生徒の感性豊かなダンスに触れ、自信を失った。それでも気持ちを立て直せたのは、筑波大に志の高い仲間がいたからこそ。現在、3児の母でありながらダンススクールを主宰するバイタリティは、筑波大で培われたに違いない。

日の丸を背負う選手たちを見て、私はなんて普通なんだろうと

現在、愛知県岩倉市でダンススクールを主宰されているそうですね

はい。3~4歳の小さいお子様から小学4年生ぐらいまでを対象にダンスを教えています。

今に至った経緯を辿っていきたいのですが、まずはダンスを始めたのはいつ頃でしょうか?

母がダンススクールを主宰していて、小さい頃からレッスンについていっていたことが影響しています。物心がつく前から、常にダンスがそばにあって自然に踊り始めたという感じですね。

競技歴を教えて下さい。

私が主将を務めていた高校3年の夏、全日本・高校大学ダンスフェスティバルで第二位、NHK賞を頂きました。また、日本だけでなく、高校2年でアメリカのMiss Dance Drill Team USAという大会に出場し、感情を表現するリリカルの部で優勝しました。

進学先に筑波大を選んだのは、なぜでしょう?

高校の先輩が筑波大に2人いたことが影響したのと、AC入試を受けられる条件を満たしていたので、チャンスがあるなら是非!という気持ちで筑波大を目指すようになりました。神戸で筑波大ダンス部の作品を見たこともあって、コンテンポラリーダンスや創作ダンスが主流だという雰囲気を分かっていたことも大きかったです。

杉山追加2

大学に入ってみていかがでしたか。

初めてダンス部で踊った時、他の子たちのレベルの高さに驚いて「私の実力では無理だ」と心を折られました。

全国で賞を獲ったとはいえ、しょせん田舎の学校のダンス部育ち。筑波大には全国から色んなダンスや感性を持った子たちが集まっています。天狗のように高くなっていた鼻をへし折られ、それまで自分がやっていたことが全部否定されたような気分でしたね。

ダンス部だけじゃなく他の部活の子もすごい人揃いで、例えば柔道の福見友子選手(ロンドン五輪出場)とか日の丸、JAPANという文字が入ったジャージを着ている人がぞろぞろ。それに比べて、なんて私は普通なんだろうと。

大きな挫折ですね。それでもダンスを続けることを選んだのはなぜ?

ダンスが好き、それに尽きると思います。仲間も良い子たちばかりで、それに助けられました。

部活以外の子と触れ合うことも新鮮で、普段、話している時は普通の子なのにもかかわらず、競技をしている姿は別人のように真剣。そういった姿を間近で見て、私も負けていられないと思いました。

筑波大だからこその交流があったのですね。

みんな競技に対しては真剣なんだけど、ふざけるときは本気でバカなことをやる、そういった点も勉強しました(笑)。例えば、友達の誕生日にサプライズで本気で変なことをするとか、コスプレしてどこかに行くとか。そういったメリハリは今に活きています。

杉山追加1

具体的にどう活きているのでしょうか。

普通じゃ面白くない”、そういった学びが踊りに活きています。例えば、今主宰しているダンススクールの発表会で、まだ自分たちだけでは踊れない小さい子たちと一緒に私も舞台に上がって、次はこう踊るんだよと誘導をすることにしたのですが、ここで筑波大で培った“つくばスピリット”が役に立ちました。

ちょうどクリスマスシーズンだったので、クリスマスツリーの着ぐるみを着ることにしたんです。結果、子供たちはクリスマスツリー姿の私をガン見して正面を見て踊ってくれなかったのですが(笑)、みんな喜んでくれたので良かったなと。

その精神こそが、筑波大に行ったからこそ得られたこと。

それと、世界で戦っているプロ選手の価値観や感覚を垣間見れたこと、彼らの思いを共有できたことは筑波大に行ったからこその経験ですね。狭い世界で、ただダンスだけをやっていたのでは味わえなかったようなシビアな環境を目の当たりにしました。

ダンスでいうとコンテンポラリーダンスの平山素子先生(つくばウェイvol.51で紹介)のストイックさ、そして生徒全体のプロ意識の高さを体感できたことは私の財産です。

主婦だからこそ、やりたいことを思い切りやれる

卒業後からダンススクールを立ち上げるまでの経緯を教えて下さい。

大学時代、ダンスをすることがお腹一杯になったというか、大学の最初に経験した挫折をずっと引きずりながら過ごしていたせいか、「もう踊りは辞めよう」と決意して3年でダンス部を引退しました。

そして卒業前に学生結婚をして子供も授かり、主婦として2年間を過ごしてダンスとはかけ離れた生活を送っていたのですが、2年が経って子育てに余裕が持てるようになると、だんだん体型が気になり始めて(笑)。第2子出産後、子供と一緒にレッスンが受けられるダンススタジオで、習う側としてダンスを始めました。

杉山さん追加12

久々のダンスはどんな感触でしたか。

「やっぱり、リズムに乗って踊るのが好きだ」と実感しましたね。その後、ダンス教室のイベントでダンスを披露したら、ママ友が「うちの子にも教えて」と声をかけてくれて。2014年10月、サークルという気楽な形をとって1回500円でダンスを教えることになりました。それが今のダンススクールに結びついています。
それと並行して、愛知県の私立の体育教員として週2回働いていました。

なぜ教員になろうと?

学生結婚をして、まともに仕事をせずに主婦になったことがずっとコンプレックスだったんです。社会から認められていないような気がして。だから一度はちゃんと組織で働きたいと、3番目の子が幼稚園に上がるタイミングで登録をしたら採用されて、2015年4月から働くことになりました。

教員として働いてみていかがでしたか。

表現することの楽しさを知ってほしいと意気込んでいました。生徒たちは型にはまったいわゆるダンススクールみたいなダンスの授業を想像してびくびくしていました(笑)創作ダンスにも抵抗のある子が多かったです。かっこよく踊らなければいけないんだ、という思いが強く、カタチがあるダンスを一生懸命練習しようとする生徒たちの考え方をぶち壊してやろうと思っていたのでダンスの授業はとてもやりがいがありました。ただ、体育の先生としてダンス以外の種目も教えなければいけませんし、保健も、テストの採点もやらなければいけません。実は私、体育専門学群出身のわりにスポーツができなくて、球技のルールも分からなかったぐらいなんですね(笑)。ストップウォッチの使い方さえ分からない、ほんと役に立たない先生だったんです。でも周りの先生たちが本当によくしてくださって、家庭のことや子どもたちのこともとてもよく理解をしてくださいました。私に期待してくれていました。本当に働きやすい良い職場でした。

そういったことを1から勉強しつつ、ダンスのサークルも受け持ってという生活をして1年が経とうとしていた頃、今後について考えてみた時に「どちらも中途半端になるのは嫌だな」と。息子たちがまだ小さく遠方で実家に頼れなかったこと、本当に自分のやりたいことは何かを考えて、最終的に地域の子どもたちにダンスを教えることに集中することにして、2016年にダンススクールを立ち上げたという流れがあります。

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お子さん3人がいる中で、ダンススクールを立ち上げるのは相当勇気が要ったことなのでは?

体育の先生を辞めるのは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。でも決断するのに時間はかかりませんでした。現実的に、組織に所属していたのでは子供が急に熱を出したときなど、すぐに迎えに行けません。子供が小さいうちは、自分よりもまず子供が優先ですから。そんな状況で今の私にできることを……と考えると、それは自分の住む地域でダンスを教えることでした。

スクールを立ち上げて約1年が経ちます。

ありがたいことに43人の生徒さんが来てくれています。私に習いたいからとサークル時代からずっと来てくれている生徒さんもいて、本当に感謝しています。

主婦でありながらスクールを主宰する、そのエネルギーの源とは?

主婦であることが良い方向に働いていると思うのは、主人がちゃんと働いてくれているからこそ、家計の心配をせずに自分のやりたいことを思い切りやれることです。もちろん主人の理解が必要不可欠ですが、幸い、「好きなことをやっていいよ」と後押ししてもらっているので、思う存分、自分のやりたいことができていることは幸せなことだと思います。

家庭と仕事の両立に関して、難しさを感じることはありますか。

本当なら毎日家にいて学校の帰りを迎えてあげたい、そんな気持ちがあることも確かです。でも私もひとりの人間として自己表現の場(仕事)を持っていたい――そんな気持ちにも正直でいたいので、ときにはママ友に助けてもらったり、ときには子どもたちのたくましさに勇気づけられたりしながら、なんとかやっている感じです。でも私はそれぐらいのほうがいいのかもしれません。

それはなぜでしょう?

ダンス一本、または子育て一本になって私の持っている100パーセントのエネルギーを注ぎ込んでしまうと、あまりにもストイックになりすぎてしまう性格だからです。だから、ダンスに関しては「あれもしたい、これもしたい!」と頭では思いながら、現実問題、そこまではできないというか、子供のため、自分のためにやってはいけないと線引きをしています。

それ以外にも、のんびり休む時間も必要不可欠。私にとってダンスは楽しいものなので、あまりにもギリギリの生活を送ってしまって“やらなければいけないこと”になってしまうと、やっている意味がないので。

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スクールは、こうありたいというイメージはありますか。

教室のモットーとして最初に決めたのは、「踊る喜びを感じること」、「本気で取り組む姿勢を身につけること」、そして「成功体験を作ること」です。
具体的には、ただ踊りの型ができるようになった、できなかったというテクニック面だけではなく、踊りは自己表現、コミュニケーションのツールですから、その子自身の表現ができることを最終目標にしています。

そのモットーが子供たちに届いているといいですね。

そうですね。子供たちがダンスを心から楽しんでいるエネルギーや、もっと上手になりたいという気持ちはきっと別の場面でも役に立つはずですし、つらい思い、悔しい思いをして頑張った先にある達成感や成功体験そのものや、そこまでの課程が子供たちを成長させてくれる……、そんな環境を作れたらと思います。

あなたの“つくばウェイ”とは?

ダンスはこういうものとガチガチに考えていた私の価値観をぶっ壊してくれたのが、筑波大。ダンスはもっと自由でいいんだと思えたからこそ、今の私がいます。

現役大学生や筑波大を目指す人に一言!

ダンスはコミュニケーションです!ぜひダンスの授業を受けてください!ダンスを通して色んな人と交流して刺激をたくさんもらって、どんどん成長して下さい!

杉山 さつきさんが所属する
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プロフィール
杉山プロフィール
杉山 さつき(すぎやま さつき)
1985年生まれ。新潟県出身。新潟中央高校卒業後、筑波大学体育専門学群に進学。母親がダンススクールをしていたことから物心がつく前からダンスに親しんでいた。高校3年生の時に、全日本・高校大学ダンスフェスティバルにてNHK賞を受賞。また、米国にてMiss Dance Drill Team USA リリカルの部優勝、の実績を残す。筑波大学在学中には、全日本・高校大学ダンスフェスティバルにて文部科学大臣賞を受賞。結婚・出産を経て、3児を育てながら、2014年STEP⭐︎UP Danceサークルをスタート。2016年STEP⭐︎UP Dance schoolを立ち上げ、愛知県内で多くの子どもたちの指導をする傍ら、教員向けのダンス指導も行っている。
基本情報
所属:STEP☆UP Dance school ステップアップダンススクール
役職:主宰
出生年:1985年
血液型:A型
出身地:新潟県新潟市
出身高校:新潟県立新潟中央高等学校
出身大学:筑波大学
筑波関連
学部:体育専門学群
研究室:レジャー論研究室
部活動:ダンス部
住んでいた場所:天久保三丁目
行きつけのお店:アルパカカフェ
プライベート
ニックネーム:さっちゃん・きんぐ
趣味:食べる、寝る、踊る
特技:アニメの声優が誰か当てられる
尊敬する人:母・高校の顧問の先生
好きな食べ物:白いご飯
訪れた国:アメリカ・韓国・タイ
大切な習慣:自分の時間を大切にすること

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